見出し画像

子宮の詩が聴こえない2-⑧

第1章から読む) (⑦を読む

■| 第2章 弥生の大祭
⑧「スキャニング」


ゆがみ川の女将は語り始めた。
「私のせいです。弥生祭を招いてしまったのは」

ワタルが身を乗り出すように聞く。
「あなたが? 子宮の詩を詠む会と関係があるのですか?」

女将の説明はこうだ。

2年前。
番長あき、ラッキー祝い子、若田ショウの3人が華襟島を訪れた。
スピリチュアルの要素が多いこの島での活動の下調べのためか、あえて老朽化していたこの旅館に泊まった。
歴史を知る人物として持ち上げられた女将は舞い上がり、特に丁寧にもてなした。

子宮の詩を詠む会のセミナーへの登壇などを打診された女将は、高齢を理由に断った。その代わり、港近くにある弥生神社を紹介した。

弥生神社の宮司である金宮という人物は、島民の中でも札付きの銭ゲバとして知られている。
彼は子宮の詩を詠む会の来訪をたいそう有り難がっていた。

程なく、神社内の建物の建て替えなどを条件に、所有していた神社前のラジオ局跡の土地を若田に売却。

これが全ての事の起こりなのだ。

「金宮と引きあわせてしまって以降、番長あきさん達は頻繁に島に来たようですが、この旅館には見向きもしなくなりました。私は町長選挙でも現職を応援したので、島の魅力発信隊の山本宏時さんにこのスピリチュアルイベント開催の話を聞き、原因を作ったのは私だとずっと悩んできました」

すかさず誠二が聞いた。
「山本さんは、早池町長と番長たちが繋がっていると言っていたんですか?」

女将は首をひねりながら言った。
「早池の大きな資金源が金宮だとは聞きました。だから番長さんたちも自然と早池に近付けたのでしょう。私があの時に金宮を紹介してしまったばっかりに……」
その懺悔を察し、誠二はとりなした。
「いや、悪いのは女将さんじゃないです。よくぞ教えてくださいました」


子宮の詩を詠む会、早池町長、弥生神社の金宮——。
全てが輪のように繋がった。

潜入ルポの導入部としては十分な話だ。
女将が去った部屋で、3人は最初の取材方針を話し合った。

亜友美が町民や信者に近付き、今回の祭りの様子を聞く。
ワタルは会場の下見を兼ね、弥生神社の金宮神主を探る。
誠二は、女将の話にあった「島の魅力発信ラボ」の山本氏を訪ねる。

「それから、一つ大事なことがある。これは先にこの島に渡ったまさみが……、妻が書いた手紙だ。この内容を2人には伝えておきたい」

まさみの綺麗な字で書かれた封書を机に置き、誠二が2人への説明を始めた。


一方、その頃。
まさみは、子宮宮殿に用意された部屋のベッドに横たわり、天井を見つめていた。

真新しいだけの、ビジネスホテルのような何のへんてつもない狭い部屋だ。ノックが聞こえる。
起き上がり、おそるおそるドアを開けると、そこにはキング岸塚が立っていた。

「やあ、まさみ! いよいよ本番が近いね。元気がないなと思って」
「いえ、そんなことは……。キングさんどうしたんですか」
「レッスンで疲れただろう。この機械でヒーリングができるんだが、どうだい」

足元に、古いブラウン管のテレビか、一昔前の古びたパソコンのようにも見えるモニターがついた機器が置いてあった。
「細胞スキャニングマシーンというんだ。これを使えば悩みも疲れも立ちどころに消えていく。部屋に入ってもいいかい」

老人とはいえ、男性と部屋に二人きりになりたくはない。
しかし弥生祭で全ての演出を任されるキングの好意を無下にして、今は機嫌を損ねることはできない。

「すごいですね……。でも、少し疲れているので、ちょっと……」
たじろぐまさみに、キングは食い下がる。
「その疲れがすっかりとれるのだよ。絶対に幸せになる魔法をかけてあげるから私に任せなさい! さあ!」

機器を抱え、強引にどかどかと部屋に入ったキング。
たいそうな芸名の割に、派手な金髪以外には小柄なしょぼくれた老人男性だが、まさみよりは確実に力は強いだろう。
まさみは、「狭いので換気が」などと理由をつけてドアだけは開けておいた。

言われるがままベッドに寝かされたまさみ。
頭と腕に、よく分からない細い回線をなぜかガムテープで貼り付けられた。
「これはラッキーちゃんも大好きなセラピー。たくさんのファンにもこのスキャニングの素晴らしさを普及したいと思っているんだ」
「そうですか……。ラッキーちゃんも……」

機器のスイッチを入れると、「ブーンブーン」とわざとらしい電子音が流れてくる。
ベッド脇に置かれたモニターには、血管の拡大断面図のようなものが映し出された。
そこにまるでアメーバのようないびつな円形が現れ、不規則に動いている。

「ほら、これがまさみの中にある不安のウイルスだ。たくさんいるね。これから除去していくよ」

まるでゲームでもするかのように、「これだ」「よし、よし」などとモニター前のキーボードを叩いていくキング。
何も感じたりしないまさみは、ちらちらとドアの方に助けを求めるように目線をやった。

すると、キングのごつごつとした手が、仰向けになったまさみの腹に置かれる。
「何をするんですか!?」
起き上がろうとするまさみに、キングは「動くな! 線が外れてしまう!」と叱責する。

「これは決していかがわしい治療ではないよ。『タントリックヒーリング』を知っているかい。インドでは古くから伝わる体のうえから子宮を刺激する方法だ」
「タントリック……。子宮を……」
何度か番長あきのブログでもその紹介があり、まさみも記憶にあった。

インドなどで古くから伝わるスピリチュアル的な秘術だ。子宮を活性化させ、性生活を充実させられるというような説明を見たことがある。

「それは、性欲とかそういう話ではないのですか……あの……」
「スキャニングだけでは、君の不安は消えないようだ。私に全てを委ねて楽にすればいい。きっと癒しの相乗効果が生まれて自分軸が……」

キングが理屈をこねるように言っていると、半開きになった部屋のドアがノックされた。

「まさみさん? キングさんも? 何してるの?」
香崎不二子だ。
偶然、前を通りかかり、まさみの部屋の中の様子を見たのだ。

「不二子さん! いまキングさんがすごく珍しい治療をしてくれているんです。よかったらご一緒にどうですか!?」
まさみは慌ててわざとらしく大声で言って、香崎を部屋に招きいれた。

「やあ、不二子さん。これは治療でね……」と落胆するように言うキング。
「すごいわ! これ、いったい何ですか!?」
ささっとキングのそばに寄った香崎がマシーンに興味を示した。

まさみは少し乱暴に頭についた回線を外すと、「あ、まだ途中だ!」と言うキングを気にも留めず笑顔で言った。
「不二子さんも子宮グッズのお店の準備でお疲れだと聞きました。やってもらってはどうですか?」

それを聞いた香崎はうれしそうに言う。
「そう? ちょっと怖いわね。でも、とても興味深い。私はこういうの鵜呑みにするタイプだから」
「悩みも疲れも消えるらしいですよ。ね、キングさん」

キングが不機嫌を隠すように答えた。
「うむ……。これで細胞をスキャンして疲れを除去する仕組みだ。まあ不二子さんもやってみますか……」
香崎は言われると同時に嬉しそうにベッドに寝そべった。
「疲れを細胞レベルで設定変更するんですね! すごいわ!」
はしゃぐ香崎の声と、不気味な機器の音が響く。

まさみは「ふー」と息を吐き、壁際に寄りかかって窓の外を眺めた。

夕暮れ。スタッフが準備をしているのか、ステージの明かりがついて声やトンカチの規則的な音が聞こえてくる。
時折、ボンボンと低く響くようなマイクテストも流れてくる。

誠二から、置き手紙を読んだと短いメッセージが来ていた。
この島まで、自分を追って来ていることも分かっている。


いよいよ弥生祭が開幕するその前に、まさみには、意を決してやらなければならないことがあった。


― ⑨に続く ―
(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

サポートをいただけた場合は、係争のための蓄え、潜入取材の経費、寄付など有意義に使わせていただきます。