見出し画像

統合報告書の注目点は量から質へ

以下の記事へのコメントを掲載いただきました。日本経済新聞朝刊1面にコメントを掲載いただいたのが初めてでしたので、心から喜んでいます。

ただ統合報告書の数は増えたものの、その内容には改善の余地が引き続き存在しています。統合報告書の主な読者を本質的投資家と呼ぶとすると、本質的投資家は投資先企業の理解に最大限努力を払い、その長期的な価値創造能力に興味を持っている投資家ということになります。言い換えると、企業の経営の質に興味を持っているため、短期的な収益の変動に対しては寛大です。本質的投資家は統合報告書開示企業数増加の動向をESG情報の質の底上げにつながるため好ましく考えているものの、統合報告書は開示について特定の形式を持たせるというだけで、その遵守状況自体を本質的投資家が注目していないためです。言い換えると本質的投資家の注目する長期的な企業価値創造能力を計るためには基準への遵守状況は必ずしも有益な情報とは言えません。むしろその内容に説得力がなければ、統合報告書の形式を採っていても、注目することはありません。

本質的投資家の求める説得力に資する要素は独自性とインパクトの2つです。前者の独自性の高さは長期的な企業価値創造能力に直結すると考えられます。製品・サービスが独自であれば、他社からの参入障壁が高いと言え、先行者利益だけではなく、高シェアを維持することによる市場拡大の恩恵を最も受けることができます。当然長期的な企業価値創造にも資することになります。

また社内体制の独自性も長期的な企業価値創造につながる可能性を秘めています。例えば新規事業立案促進を目的として、従業員による経営陣への提案制度は、現場からの新たなビジネスチャンスの発掘だけでなく、従業員のモチベーション向上に資するものとして評価されます。もちろん本質的投資家はその制度の結果として開発された新製品・新サービスの数や、それが売上高全体に占める割合にも注目するでしょう。また提案制度に限らず、従業員が経営陣や取締役など上層部とのコミュニケーションを取りやすい環境の構築は企業文化の一部として本質的投資家の関心を集めています。オープンな企業文化の中には外国人や女性など多様なバックグラウンドを持つ人材の役員への登用も含まれています。ただしこの点についても形式だけの登用ではなく、そのバックグラウンドの多様性が長期的な企業価値創造に資するという説明が本質的投資家には不可欠になります。

後者のインパクトについてはESG投資の定義にも大きくかかわる。そもそも伝統的な投資が投資による利益(リターン)に注目し、その最大化を目指すものなのに対し、ESG投資は投資リターンだけでなく、環境・社会面の裨益(インパクト)をも追求します。投資リターンと環境・社会面のインパクトの重視の度合いにより、投資家の取るべき投資戦略の多様性につながっています。

本質的投資家は多かれ少なかれインパクトを重視しています。企業活動のほとんどは社会の何らかのニーズを満足するために行われていると言えますが、それでも環境・社会面のインパクトが明確な事業は顧客や社会からの信頼を得やすいといえます。日本企業の間でSDGsへの準拠公表が流行しているのもこのような理由からです。しかし本質的投資家はそれだけでは満足せず、顧客のCO2排出量削減への貢献、従業員満足度や顧客満足度の貢献、潜在的市場での社会貢献による効果などインパクトの定量化も求めているのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?