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どうしようかな #読まれないnoteを書こう

カンが錆び付いております。完全に物書きとしての腕が鈍っております。いや、それ以前に一度でも冴えていた頃があったのかどうかもよくわかりません。でも今よりは多少は研ぎ澄まされていた時期はあったように思えます。なんなのでしょうか。ここ数ヶ月で一気に衰えを実感しております。
文才というものが枯渇してきております。

自身も作家でありながら出版社を立ち上げた友人がいるのですが、先日たまたまその彼とお話する機会がありまして
「ちゃんと定期的に書いた方がいいですよ」
なんて言われちゃったもんだから「確かにな」と思っていざ筆を執ったらまぁ書けないこと山の如しでございまして。
友人はこれを言っていたのか、と。
友よ、忠告ありがとう。でも時既に遅しです。

「完全に枯渇してきとるな」
と実感したとき。
情けないことに脳裏をよぎったのは
「お仕事にしてなくてよかった……」
の一言でした。

微々たる才能ではありましたが、こうなってくると一抹の寂しさを感じるものです。それ自体が枯渇したことが悲しいのではありません。
「まぁいいか」と少しだけ感じている自分の熱量の無さが悲しいです。
もっと言うと、こんなことを書いていながら、そこまで悲しいとも思っていないことが悲しいような、なんか、そんな感じのアレです。

空っぽになっちゃったなぁ。
どうしようかな。どうしようか、これから。

別にさ、書けなくてもいいんです。
書けなくても死にませんし、特にモヤモヤもしません。
今まで通り何事もなく普通に笑って、普通に日々を過ごして、普通に小さな幸せを感じて生きていけるんです。
お仕事にもしていないので誰に迷惑をかけるワケでもないし、金銭的な損失も一切ありません。
きっとそれならそれでゲームとか散歩とか漫画とかアニメとか読書でいくらでも暇を──

あっ。そっか。

読書か。
読書ですよ。いや、読書だけというか。エンタメすべて。
よくよく考えてみたらお仕事に忙殺されて、いろんな娯楽を制限してきました。そんな生活がずっと続いております。ストレスを少しでも全消しする程度の娯楽を嗜むだけの毎日で、取り入れた感性やなんかそういったものがプラマイゼロになるだけで、まったくもって血肉に変わっていなかったのでしょう。所謂、インプットが足りていない状態です。消費カロリーに摂取カロリーが追い付いていない感じ。デブのくせに。誰がデブやねん。

ちょっといろいろと取り入れる必要がありますね。これは。
自分から積極的に飛び込んでいかないと得られるものはありません。
少しアグレッシブにいろいろやっていこうと思います。

なんて。
ここまで書いてて思ったんですけど。
やっぱり書かずにはいられないんでしょうかね。
だって、こんなに足掻いてます。
「別に死にゃしないし」なんて強がっていながらも、書いて読んでもらって受け取ってもらえる悦びを僕は知ってしまっているから。

なんだか新しい発見です。
自分でも気づけていなかった心の声が、なんとなく文章を紡ぐことによって明確に聴こえてくる感覚。
こういう文章の形というか効果もあるんですね。

ちょっとまたリハビリnote復活させましょうか。そういう時期なのかも。



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