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中年の詩

今日の話です。
お仕事の関係で、初対面の女性とお話をする機会がありまして。
非常にノリの良い方で、冗談も交えながら良い雰囲気で打ち合わせをしていたのですが。
そんな和やかな空気の中、突然こんなことを訊かれました。

「あのぅ、私いくつに見えますか?」

と。

いや、いいんです。全然いいんです。全然いいんですけど。


そういう質問、やめてもらってもいいですか?


怖いんです。銃口を突きつけられているような気分になります。
一種のハラスメントだと思うんですよね。
もう脳内コンピューターが解を導き出すためにフル稼働を始め、変な汗が噴き出し、ビビってるときのクリリン並に「あわわ……」と狼狽えてしまうんです。

自信がお有りなんでしょう。わかります。
確かにお綺麗にされております。そこはお世辞抜きで美人さんだと思います。実はさっきから「お顔の整った方だな」と思いながらお話しておりました。そういったクイズを出したくなるのもわかります。
いつも最終的に
「えー、見えなーい」
と言われまくっているのでしょう。
おそらく僕もこの後それを言います。安心してください。ちゃんと本心でそう言いますから。大丈夫です。

でもね。
僕からの「おいくつなんですか?」に対する
「いくつに見えますか?」
なら僕もこんな気持にならずに済むのです。
(まぁ女性に年齢なんか訊かないっすけど)

あまりにノーモーション過ぎるでしょ。心の準備とかさ。あるじゃん、そういうの。もう少しご配慮いただけませんか。

こういう質問をする人って女性に限らず一定数いると思うんですけど、どういうおつもりなのでしょうか?
そのプロレス、どれくらいの温度感で臨めばお許しいただけますか?

「ちょっと待ってくださいね」
つって、ガチでまじまじとお顔を覗き込むワケにもいきませんよね。だって僕、おじさんだし。
おじさんってキモいじゃないですか。ゴキブリよりちょいマシって認識でしょ?そんなおじさんが舐め回すように見てたら警察を呼ばれてしまいまよね。ご本人が呼ばなくても、それを目撃した第三者が通報するに決まってます。
そうなると会社にも迷惑がかかりますし、嫁と子供が泣くことになります。それは出来るだけ避けたいです。

かと言って、ふわっと見て判断するのも非常に危険なんですね。
知ってるんです。こういうのって、きっと実年齢の五歳下くらいを言うのがベストなんです。
あと全然関係ないけど赤ちゃんを見て性別がわかんなかったら、とりあえず「女の子ですか?」って言った方がいいです。マジで関係ないけど。すみません。
とにかく。実年齢よりも上を言うのはもってのほかですが、十歳以上若く見積もるのはあまりに嘘くさいと思うのです。だから五歳下くらい。これが正解です。
ということは、先ずおおよその実年齢を把握することが重要になります。その為にはやはりしっかりと見るしかないのです。でも見ると通報されます。でも見ないと不快な思いをさせてしまうかもしれません。堂々巡りです。なにこのジレンマ。
さっきまであんなに楽しかったのに。どうしてこんな気持ちになっているのでしょうか。こんなことなら来んかったらよかった。朝起きんかったらよかった。

なんでこんなことになったんだろうな。
良いときもあったのにね。僕たち。
いつか、こんな一日を「そんなこともあったね」なんて笑える日が来るのかな。でもその頃にはきっと、僕たちは今の僕たちじゃなくなっていて、 夕日の後から偉い面談を始めて棚卸は確認したの?
(※ダラダラと文章を考えるのが急にめんどくさくなってしまったので途中からスマホの予測変換を適当に打ちました)


あぁ、もう。いいや。
あのね、一つ言っとく。僕はあなたの表情を曇らせたくないのです。やっぱり笑っててほしいです。僕はあなたの恋人でもないし親でもない。今日会ったばかりの、何処の馬の骨ともわからん冴えない男です。
この先、あなたが送るであろう幸多き人生のエンドロールに僕の名前は出てこないでしょう。
そんなこたぁ百も承知です。
だからこそ、なんです。僕のような名もなきモブキャラが、あなたのお顔を歪ませるなんてことがあってはならないのです。

だから、ごめんなさい。
拝見いたします。失礼いたします。恐縮です。


ふむふむ……。
僕よりは下……かな…。たぶん。
二十代……ではないな。わかんないけど。
でも僕よりは少なくとも下……。
ということは……三十二?一?とか?
じゃあ、そこから五を引いて……。
いや、念には念を入れるとして……。
ちょっとサービスしてみた方がいいかも……。
よーし……。


「え、二十五歳くらいですかね。それくらいですよね?普通に」

そう言った僕に
「んふふー」
と嬉しそうに笑いながら、彼女は言いました。

「三十三歳でした!ありがとうございまーす!」


よかった。正解でした。
いや、クイズとしては不正解ですが、でもまぁ、いろいろとアレすると、結果としては正解でした。『試合に負けて勝負に勝つ』とは、まさにこのことです。
ね。それ見たことか。僕もやるときゃやんだよ。どうよ。今振り返ってみても「普通に」の部分とか地味にいい仕事してるでしょ。名脇役でしょ。助演男優賞いけるでしょ。その「普通に」が余計な気もするけど、なんかもう喜んでくれたみたいだしいいです。もう。深く考えても仕方がありません。時の流れは無情なのです。過ぎ去った過去など捨て置きます。彼女の反応が演技だったかどうかとか知りません。どうせ僕のも演技だし。お互い様です。痛み分けです。

なんとか乗り切りました。まだお昼前というのに満身創痍です。
それからのことはよく覚えていません。
気づけば僕は総武線に乗っていて、どこか心地良いリズムで揺れる座席でまどろんでいました。
ハッとした僕は自分が今どの辺りにいるのか確かめる為に、外の景色を見ようと窓に目を向けまた。そこには疲れた顔をした僕がうっすらと反射して映っています。疲れたせいか、なんだか今日一日で一気に老けたように感じます。
マスクの下で苦笑を噛み殺しながら、隣に座っている僕と同い年くらいのサラリーマンの男性に、ふと問い掛けたくなりました。


「あのぅ、僕いくつに見えますか?」



お金は好きです。