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#8 神様はいるのか、宗教とは

宗教と政治と人種の話はタブー

よく言われることですが、今回はあえて触れていきます。

多くの日本人は無宗教とされていますが、生まれる時は神道、結婚する時はキリスト教、死ぬ時は仏教といったように実は多くの宗教行事に触れています。

クリスマスも宗教行事ですね。

私も多くの日本人と同じように特定の宗教を信仰しているわけではありません。

ただ私は神様という存在はいると考えています。
しかしいるかどうかを確認する必要はないと思っています。

いつもきっと神様が見ているという意識を持つ。
自分だけが得をするようなズルをしたらきっと何かに戻ってきて損をする。
何か嫌なことがあっても、神様は見ているからきっと次にはいいことが待っている。
と考えています。

また、教職の専攻が歴史でしたので、個人的には歴史的背景から考える宗教学が好きです。

私と神道
特に神道の考え方が好きです。
私は先祖崇拝として神道の考え方を尊重しています。

神社で初詣をする際はいつも「自分の努力が、努力した分だけ実りますように。そして家族が健康であり続けますように」と祈ります。

先祖のお墓詣り感覚です。
「おじいちゃん、おばあちゃん天国から見守っていてね」ということです。

境内ではいつも独特の緊張感を感じます。

趣味のよさこいでは毎年のように明治神宮の境内で奉納演舞をさせていただく機会をいただきますが、その際はいつも、その一年間で最も気が引き締まる瞬間です。
そして踊った後、全身が清らかになったような気がします。

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私とキリスト教
私は結婚式をハワイのキリスト教の教会で挙げました。

教会で挙げる結婚式は宗教行事であることを意識し、よくあるホテルのチャペルで挙げるのではなく、現地のクリスチャンの方が日々お祈りをささげるチャーチに拘りました。

結果、500人近く入る教会の大聖堂で参列者は8人という凄い式になりました笑

当然私たちはクリスチャンではないので、「夫婦となった二人を祝福する」という定義です。
ですので「誓いますか?」ではなく「願いますか?」でした。

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まとまらない日本の宗教のはなし
・なぜキリスト教はフランシスコ・ザビエル以来(1549〜)の布教にもかかわらず信者は国民の1%強なのか、
・なぜ仏教は葬式仏教になったのか?

それは歴史的背景が最も影響していると思います。
明治維新以後の天皇への権力集中化の中で神道以外の宗教は抑圧され、神道以外の宗教は弾圧されました。

いずれの宗教も表立ってのプロモーション活動が大きく出来なかったと思います。インターネットもない時代ですから当然クチコミ

そのクチコミも裏でコソコソやらざるを得ないので、間口よりも奥行きを深めるしかなかったのではと思います。

結果的にこの時期に出来た新興宗教も神道系が多いですし、天皇が人間宣言をした後も特定の宗教が一気に拡大するのではなく様々な宗派や新興宗教が乱立したのではと思います。

また日本の正解主義も特定の宗教が根付かなかった理由の一つかと思います。

戦後の教育による“みんな同じがいい“教育により、生まれた時は神道、結婚式はキリスト教、死ぬときは仏教というのがモデル化してしまいました。

それとは違うことをすると、変わっている人だと思われる。
人と違うことをしてバチが当たるかもしれないし、笑われるかもしれない。

ということが不安になる時代になってしまったのだと思います。

世間教とも言えるかもしれません。

しかし、これからは多様化の時代

信じるも信じないも自由、何を信じるのも自由。
それは神様という存在じゃなくてもアイドルという偶像かもしれないし、尊敬する人間かもしれませんし、AIかもしれません。自分自身だけ、という人もいるかもしれません。

いずれにせよこれからも人は自分が信じる何かを心の支えとしてゆく、その選択肢の中の一つに宗教があるのだと私は考えます。

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