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【心得帖SS】「前葉体」って見たことありますか?(後編)

「四条畷さんは、前葉体のことは知っていたの?」
古寺に向かう道を歩きながら、京田辺一登は隣をルンルンと歩いている四条畷紗季に声を掛けた。
「え?ああ…前葉体ですね」
帽子の鍔をすっと上げた紗季は、一気に話し始める。

「前葉体はシダ植物の配偶体の呼称。コケの配偶体よりはるかに微小であるが、葉状体に似て扁平で地面に生育するものが多い。一般に胞子体(普通見る植物体)が育つと枯れるが、一部の種では長く生き残る。前葉体は種によって雌雄同体または雌雄異体のものがある」

「お、おお。まるでウィ●ペディアのような情報ありがとう」
彼女の早口に軽く引いている京田辺。
「でも、実物は見たことありません。ふふっ」
終始上機嫌な様子の紗季は言葉を続ける。
「…課長がこんなマニアックな趣味をお持ちだとは思いませんでした」
「まあ、事務所で前葉体の話はしないよなぁ」
「タツヤ君とか乗って来そうですけどね」
「あいつはどんな話でも合わせてくるからな」
良い意味で彼に信頼を置いている京田辺は、話を戻した。
「私もハッキリ見たこと無いんだよ。学生時代に友人と探しに行った記憶はあるのだけれど、最終的に見つけたのかどうか思い出せなくてね」
当時のことを回想しているらしい彼の姿を見ながら、紗季は微笑って言った。
「今日は見つかるといいですね、前葉体」
「ああ、そうだな」


「…課長、もしかしてこれじゃないですか?」
紗季が指差した先にあるハート型の物体を見て、京田辺は思わずガクンと膝を付いた。
「前後編に分けてあれだけ勿体ぶっていたのに、僅か5分で発見されるとは…」
「まあ早く見つかって良かったじゃないですか。残り時間をデ…とても有効に、活用できますから」
「まあそうだな」
鞄から愛用のコンデジを取り出して構えた京田辺は、地面の上にちょこんと載っている愛らしい前葉体をカシャカシャと撮影していく。
紗季は、夢中になっている彼の姿を暖かい瞳で見つめていた。

時間が進んで、夕方。
最寄駅の近くまで戻ってきた京田辺は、改めて紗季に言葉を掛けた。
「お陰様で何も無かった休日をとても有意義に過ごすことができたよ。一日お付き合いして貰って申し訳なかったね」
彼女はいえいえ、とかぶりを振る。
「私も楽しかったです。お出掛けしたくなったらいつでもお誘いください」
「そうか、ではまた明日」
「はい、お疲れ様でした」


「…という感じで、そのまま飲みに行くこともなくサクッと解散しました」
「はァ…」
「分かっていましたよ、全く女性として見られていないだろうなということは。全然…ぜんっぜん期待していませんでしたしぃ」
テーブルの上に置かれた濃厚ハイボールのジョッキがもの凄い勢いで減っていく。
「前日からコーデとか凄く頑張ったのに、少しくらいは感想とか言ってくれてもいいと思いません?」
「…あのォ、四条畷サン」
隣の席で居心地が悪そうにしている忍ヶ丘麗子は、ウイスキーグラスを回しながら言った。
「私たちって、サシ飲みするほど仲良かったのかしラ?お友達の敬子ちゃんとか誘ったほうが良かったのでハ」
「いいえ、私は忍ヶ丘課長に話を聞いて欲しかったんです」
「それは、ナゼ?」
麗子の問い掛けに、紗季はやや言葉を詰まらせながら応えた。
「それは…何だろう、上手くは言えませんが…せっ、宣戦布告、みたいな?」

「ぷッ…あハハハハハッ!」
麗子はたまらず爆笑した。
「わっ笑わないでくださいよぉ。この前やっとモヤモヤした気持ちに名前が付いたばかりなんですからぁ!」
お腹を抱えて笑っている彼女に、紗季はムッとして話を続ける。
「そりゃあ私はガキでおっちょこちょいですし、忍ヶ丘課長に比べたら全然京田辺課長に釣り合わないですけど、いつかあなたに追い付いてみせますから!」
「…四条畷サン、あなた結構可愛いわネ❤︎」
麗子は妖艶な流し目をくれて囁いた。
「サキちゃん、って呼んでもイイ?」
「ひゃっ…は、はい」
「ではサキちゃん、まずは誤解を解いておくわネ」
カラカラ回していたグラスの中身を空けて、麗子はマスターに新しいグラスを注文した。
「ワタシと一登クンは、一度もステディな関係になったことないワ」
「えっ、でもお2人はとてもお似合いだし、噂でも…」
ばっさりと全否定された紗季は、戸惑いながらも追求する。
「当時、ワタシに群がってくるハエ男が面倒なヤツだったので、一登クンに一杯奢ることでニセ恋人役を引き受けて貰ったことはあったかしラ」
「安っ!そこは断りましょうよ京田辺課長…」
思わぬかたちで忍ヶ丘と京田辺の密約?を知った紗季は、動揺を抑えながら冷静に突っ込んでいた。

「それにしてモ…一登クン、前葉体を探しに行ったのネ」
カラリと回したグラスの分、遠い目をした麗子がひとり言のように呟く。
「だんだんと気持ちの整理が付いてきた、ってことカ」

「え、それってどういう…」
「サキちゃんには内緒、まだネ」
問い掛けようとした紗季の唇を指で制しながら、麗子はそっと目を閉じた。
「…そんなに、単純なモノではないかラ」
いつの間にか二人分のお会計を済ませていた麗子は「それじゃ」と言って鞄を取ると、ゆるりと席を立ち歩き去っていった。


「嘘つき…やっぱり、気持ち入ってるじゃないですか」
残された紗季は、テーブルを見つめながらぽそりと呟いていた。

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