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【心得帖SS】オトナの「情報交換会」

その店内には、モダンジャズの音色が程よい音量で拡がっていた。
煙が揺蕩うようなまったりした雰囲気の中、忍ヶ丘麗子は2杯目のマティーニを手にしながら言った。

「それデ…お互い多忙な中、ワタシを飲みに誘った理由は何かしラ?」

「…」

京田辺一登は、スコッチが入ったショットグラスをひと回ししながら無言で遠くを見ている。
「昔はよく偽装デエトをしたけれド、現在(いま)は必要ナイ。却って色々と問題があるのではないかしラ?」
ニヤっと含み笑いをした麗子は、ナッツに付いたソルトを軽く払って話を続けた。


「今夜は帰りたくナイ、って言ったラ、一登クンはどうしてくれるのかナ?」



「いやーゴメンゴメン、お待たせーっ!」
その時、バーの雰囲気をぶち壊すような大声が店内に響き渡った。
「あン、もう少しだったのにバカシンジ!」
「とてもそうは見えなかったけどな。一登が優しいからってレイコは甘え過ぎてるんじゃないぞ」
「ちぇーッ」
「…揃ったな。では始めようか」
寝屋川と麗子のプロレスが始まる前に、京田辺は口を開いた。


「基本的な素養は十分にあると思うワ。地頭も良いシ」
意識を切り替えた麗子は、冷静に言葉を返していく。
「うっかりさんと聞いていたけれド、仕事も丁寧だし、ミスを減らそうと努力している姿も好感が持てるワ」
「ウチの大住や藤阪も懐いているからな。企画提案力は支店の中でもアタマ1つ抜けているんじゃないかな」
美味そうに生ビールを飲みながら、寝屋川も同調する。
「…そうか」
満更でもない表情を見せている京田辺。
その様子を見ながら、麗子は彼に尋ねる。
「ねェ、今回のプロジェクトは紗季チャンの異動試験も兼ねているって本当なノ?」
「まあ、お察しの通りだよ」
京田辺は両手を上げて降参のポーズをとった。
「より客観的な目線も必要だったので、直接指揮を執っている麗子さんから見た彼女の評価と、チョーさんを通じて慎司が感じたことを教えて欲しかったんだ」
「何か…具体的な話は出ているのか?」
「あったけれど、この前潰れてしまったからなぁ」
たははと頭を掻く京田辺。
彼の裁量で強引に話を進めることも出来たが、四条畷紗季の表情を見た瞬間、(あ、早まったか)と思ってしまったのだ。
そして、その時彼女から発せられた一言が、今でも耳に残っている。


『私を…甘やかさないでください』


「全く、お前は四条畷さんに甘すぎだぞ。課長たるもの全ての部下にはフラットに接しないとだな」
「そういうお前は全ての部下にイジられているだけじゃないか」
「聞いてくれよ〜、最近は完全に無視されるんだよぉ〜」
号泣しながら大ジョッキを空にした寝屋川。

そこまで黙っていた麗子は、グラスに残った氷をカラリと回しながら言った。
「一登クンは本当にいいノ?まだ手元に置いておく選択肢もあると思うのだけれド…」
「ああ、勿論だ」
京田辺は力強く言い切った。
「さっきも言った通り、具体的な話は一からやり直しだが、巣立ちは出来るだけ早い方が良い」
スコッチを軽く口に含んで、言葉を続ける。


「俺が見てみたいのは、京田辺一登をコピーした彼女ではなく、実力を遺憾無く発揮した四条畷紗季自身だからな」


「はぁ〜、相変わらず無駄にカッコいいなお前は」
「無視課長が無駄とか言うな」
「よォし表出ろオモテ!」
「はァ、また始まっタ」
同期の男性社員同士でイチャイチャしている2人を眺めながら、麗子は軽く溜め息を吐いた。


(それにしても、紗季チャン…)


彼女は先日、夜更けのオフィス内で紗季と言葉を交わした場面を思い出していた。


(最近、ホント似てきたわネ、あの娘ニ…)

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