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3.小説

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文学にまつわる雑感、読書感想文、自作小説など。
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#掌編

掌編小説:息子

掌編小説:息子

――朝から台所に立つようになってもう一か月にもなるのか……。

 流しの小窓からちらりと見晴らした小山の斜面を山つつじが彩っていた。わずかに吹き込んできた風に、新緑の薫りがしないでもないけれど、台所は今、私が焼き上げたばかりのウインナーの匂いがはるかに優っている。

 続いて玉子焼きの調理にかかる。私の玉子焼きは薄焼きで、甘みもない。あいつが高校生の時、私よりも妻の仕事が忙しくなって、よしそれなら

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掌編小説:花粉症の季節

掌編小説:花粉症の季節

 営業部長室に入室したら、伊藤人事部長がいた。

「あ、伊藤部長と打ち合わせ中でしたらあらためます」

「いや、いいんだ」

 私は、机の向こうで椅子から立ちあがっていた浜口部長の目が真っ赤に充血していて鼻の下が赤いのに驚いた。浜口部長はマスクをかけながら自嘲した。

「はは、すまん。どうも花粉症がひどくてね」

「部長、花粉症でしたっけ」

 長年この人についてきて、大概の事は知っているつもりだ

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掌編小説:顧客満足・不満足

掌編小説:顧客満足・不満足

「『滝川クリステルさんの、お・も・て・な・し、に私は感動いたしました。私どもが取り入れなければならないのは、まさにこのサービスなのです。危機的経営状況からの脱却を期待されて外部から社長職へ招聘された私といたしましては、社内外のあらゆるしがらみと雑音を排除し、不退転の覚悟で革命的なサービスをお客様に提供してまいります』――と、本文は以上です」

「うむ。そうだな、それに続けて、『私どもは二〇二〇年ま

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