SS:純喫茶ブルーアワーにて「クリームソーダを飲みなさい」
その喫茶店は、少し寂れた商店街の入り口にありました。
青と白のしましまのサンシェードを潜って入る店内は、白い壁と木製の家具。
観葉植物が少しと青色でまとめられた小物たち。
カウンターの内側からは、丸眼鏡をかけた若いマスターが微笑んでいます。
マスターの後ろには食器棚があって、一番上の段の左の隅が彼の定位置です。
「クワイエットさん」と呼ばれる彼は、青いガラス製の小さなミミズク。
クワイエットさんは、その体で唯一の金色に輝く瞳をいつもキラキラと煌めかせているのでした。
しばらく店内を眺めていたクワイエットさんは、やがてその透明な翼に天井から吊るされたランプの明かりを反射させながら羽ばたきました。
そしてガラス製の体をふわりとテーブルの上に降ろして、日の出前の空のように深くて澄んだ静かな声で、あなたにこう声をかけます。
「クリームソーダを飲みなさい。」
朝からの曇り空がとうとう雨に変わった午後。
ブルーアワーのドアを、スーツを着た男の人が開きました。
ドアに付けたベルの高くて軽いチリンチリンという音が鳴りましたが、対照的に男の人の顔つきはどんよりしてとしています。
入り口から一番近くのボックス席に腰を下ろした彼は、ふーっと深いため息をつきました。
(どうして今日みたいな日に傘を忘れてしまうんだろう。)
(さっきの営業だって、なんであんなことしか言えないんだろう。)
暗くなってゆく頭の中を振り払うように左右に振ると、窓の外の、道路を挟んだ少し遠くにコンビニが有るが目に入りました。
(てきとうにコーヒーだけ飲んだらあそこまで走って傘を買おう。)
先ほど水を置きに来たマスターは、すでにカウンターの中。
男の人は注文をしようと顔を上げてマスターの方向に向き直りました。
すると、キッチンで手を動かしているマスターの左肩に止まっている、青くて小さいミミズクの金色の目に、見つめられていることに気づいたのです。
男の人がびっくりしている間に、ミミズクはばさりと飛び上がり目の前のテーブルにふわりと着地。
男の人を見上げてその金色の目を煌めかせたミミズクは、深くて澄んだ静かな声で「クリームソーダを飲みなさい」と言いました。
「いえ、僕はコーヒーを飲んだらすぐに出ていきますので・・・。」
「クリームソーダを飲んだことはあるかい?」
男の人は困惑しましたが、ミミズクはおかまいなしです。
「小さい頃に飲んだことはありますけど、あんまり覚えていません。」
「君は多くのことを忘れてしまったようだ。」
男の人は困りました。
なぜなら、クリームソーダは普通、スーツを着た大人が飲むものではないからです。
「僕は他に何を忘れているのでしょうか。」
「クリームソーダを飲めば思い出せるかもしれないよ。」
男の人は結局、マスターを呼んでクリームソーダを注文しました。
少しして目の前に運ばれてきたクリームソーダは、キラキラしたメロンソーダの上に丸いバニラアイスとシロップ漬けのさくらんぼが乗ったオーソドックスなもの。
男の人は、やっぱり大人には似合わない子供の飲み物だと思いましたが、頼んでしまったものは仕方がないと、青い縦じまの入ったストローに口を付けました。
冷たくてシュワシュワ甘い炭酸がスーッと喉を通る気持ちのよさ。
続いてアイスをすくって食べると、さらに冷たくてすっきりした甘さがすぐに溶けてしまいます。
さくらんぼは一口で食べ終えてしまうので、もう少し後で。
メロンソーダをくるくると丁寧に回すと、ソーダの上の方がアイスの白と混ざって、とろりとした優しい色合いになりました。
そうして彼は、こんな風にうきうきした気持ちになったのはいつぶりだろう、と思いました。
(ただクリームソーダを飲んだだけなのに。)
まだテーブルの上にいるミミズクは、目を閉じて体の全部を青色にして、ただ雨の音を聞いているようでした。
雨はさっきよりも強さを増して、男の人をこの喫茶店に閉じ込めたまま放そうとしません。
道路を挟んだ少し遠くには、さっきと変わらずコンビニがありますが、彼はちらりと見ただけで、またクリームソーダに向き直りました。
(まあ、いいか。)
シロップ漬けのさくらんぼは、今までで一番甘い味がしました。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
「純喫茶ブルーアワーにて」3つ目のお話です。
前回までと比べて少し文字数の多い作品になりました。
まだまだ小説を書くということ自体が手探りの状態なので、これから丁度いい文字数などもわかっていけたらと思っています。
余談ですが、私自身ちゃんとしたクリームソーダを飲んだことがありません。
ずっと憧れはあるのですが、喫茶店に入るとどうしても暖かい飲み物を頼んでしまうという。
今年の夏こそは挑戦してみようと思います(笑)。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?