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JR乗りつぶしの記録 2021/3/7 青森~蟹田~三厩~八甲田丸~野辺地~大湊~八戸~久慈~宮古


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この日も始発からなんだけど、盲腸線を折り返してたから新規乗車は増えてないかな。

津軽線 青森 6:15〜蟹田 6:58・7:07〜三厩 7:46・8:16〜蟹田 8:56・9:13〜青森 9:50

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青森から津軽半島を北上する津軽線へ。一介のローカル線だったところ、1988年に青函トンネルが開通するタイミングで中小国駅までが電化され、多数の特急や寝台列車が通る大幹線に。その時代も2016年の北海道新幹線開業でかわり、特急や夜行列車は全廃。今では旅客列車より貨物列車が多い路線に戻ったというわけ。

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中小国と大平の間にある青函トンネルへの連絡路線。

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蟹田までは電車、蟹田から三厩は気動車での運行が基本、蟹田まで1日8本、三厩まで行けるのは1日5本の超ローカル線。青森よりは各駅でちょこちょこ人を拾うけど、蟹田から先はまさに津軽海峡冬景色が眼下に広がる果ての路線で、ほぼ18きっぱーしか乗ってない。

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途中の津軽二股駅では新幹線の奥津軽いまべつ駅と繋がっている乗換駅だけど、双方接続が考慮されてないので乗り換えまちが長い。

朝ごはんは青森のソウルパン、工藤パンのイギリストーストジャリ増し。これ旨いですね、宮崎のじゃりパンといい、このイギリストーストといい南北遠く離れてこのじゃりクリームが流行るとは、これはなんか民俗学的な関連性があるんだろうか。あとこれは青森名物りんごジュースだけの自販機ね。お好みの品種のジュースが選べます。

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青森駅 八甲田丸

乗り換え待ちで2時間あったので見学しました。

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八甲田丸は青函連絡船で1964年の進水から1988年の最終便まで運用されていた青函連絡船最盛期を支えたエース。現役時代に青函連絡船が接岸していた場所でメモリアルシップとして公開されているもの。
煙突のファンネルマークは1987年にJRになっているので、シンボルとして国鉄マークに戻されたというわけね。

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内部は他の閉館した資料館のものとかも持ってきてて結構ごちゃごちゃしてる。普通に使ってた当初のの様子をもっと残しておいてくれればいいのにというのは勝手だけども。操舵室と無線室は現役時代には入れなかったからね。ハイライトは艦底のエンジンルームと車両甲板。エンジンルームは鉄と油の匂いが残ってて機械好きな人にはたまらないと思う。車両甲板は貨物列車の貨車を青森と函館でそのまま積み下ろしするために線路がついた甲板のこと。

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八甲田丸の外に貨車を乗せるために使っていた稼働桟橋も残っている。

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八甲田丸の直ぐ側にはA-FACTORYという、周りの昭和の残り香には似つかわしくないオシャレな倉庫風建物がある。中ではりんごのシードルを醸造していてテイスティングもできたり。カフェとかお土産物屋も。
ここでは星の金貨なるかっこいい名前のレアりんごを購入。後で食べたけど、歯ざわりは柔らか目で甘みがすごい。酸味が好きな人には他の品種がいいかも。

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青い森鉄道 青森12:00〜野辺地 12:45

青い森鉄道は東北新幹線が盛岡から八戸へ延伸した際に並行在来線として分離された第3セクター線。その後新青森へ延伸で、目時〜青森の区間を運航している。隣の特急は「つがる」、奥羽本線で秋田までいく特急。

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昼間は1時間に一本ほどになるけど、朝夕の青森市内は1時間に3-4本とかなり本数多め、新駅開業させたりとかなり頑張ってるみたい。実際2両編成でかなり混んでて立ってる人も結構いた。
イメージキャラクターは、青い木のモーリーという安直な奴(なんとなくカービィ感)。ただおそらく野辺地付近の日本最古の鉄道防雪林として植えられた杉をイメージしてる。
車内で話してたお婆方の会話が全然聞き取れない、さすが青森。

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大湊線・青い森鉄道直通 野辺地 12:57〜大湊 13:59・14:07〜八戸 15:54

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大湊線は東北本線の野辺地駅から分岐して、下北半島の陸奥湾側(西岸)を北上して文字通り大湊まで結ぶ路線。途中の下北駅からは大畑線というのが伸びて下北半島の津軽海峡に面した港の大畑地区まで伸びてたけど、第3セクター化を経て2001年に廃線になってる。実は戦前には大畑から下北半島の先端のマグロの街 大間まで結び、青函トンネルは最初は下北半島側に作る計画もあったとか。大間線の大部分はほぼ工事が終わっていたので、途中のアーチ橋や駅跡が残されてる。(2017年訪問時の写真)

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大畑駅はバスの営業所に使われてる。

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1日9本、半分が八戸、青森へ直通する快速しもきたになってる。きれいな防雪林の中をまっすぐ進み、陸奥湾の越しに見える恐山カルデラの最高峰 釜臥山が近づいてくる。

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大湊駅の一つ手前の下北駅は現在は本州最北端の駅。

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八戸線 八戸 16:24〜久慈 18:17

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八戸線は東北本線の八戸から日本海沿いに三陸海岸北端の久慈へ至る路線。八戸駅は八戸市街地の西の外れにある。東北本線開通時に現在の八戸駅は尻内駅(1971年に八戸駅へ改称)で、そこから八戸市街地と港を結ぶために分岐させたのが八戸線の始まり。八戸市内を東西に横切り、鮫駅までは結構な住宅密集地を走っていて、途中港への貨物が多数分岐している。

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途中の本八戸が八戸市の中心に一番近いとはいえ、新幹線も停まるのが八戸駅なので本数も八戸駅が多いし拠点性は八戸駅がやはり中心駅 。というかJR同士で市の名前を冠する駅より市の中心に近い駅があってそちらが栄えてるとこって他だと宇部新川とかか。三ノ宮はちょっと要素が違うからな。私鉄が栄えてるパターンはよくあるけど。

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八戸市街地から海の向こうに陸地が見えるのね、なんだろうと思ったら北海道の襟裳岬あたりが見えてるんだね。途中の鮫駅前には蕪島というウミネコの聖地がある。そこから南へ続く種差海岸は岩っぱりに白波が打ちつけられ本当に綺麗。天気も良くてちょうど日暮れとともに色が変わる海が見えた。

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対向待ちの陸中八木にて。

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三陸鉄道 久慈 19:33〜宮古 21:12

久慈では乗り換え待ちでスーパーに繰り出す。晩御飯も食べてないし、列車飯と翌日の朝ご飯を調達せねば。色々見たけど刺し身とか地物が無くてあんまぱっとしないのよね。しめ鯖と日本酒にしました。

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久慈と言えばあまちゃん。すべてあまちゃん頼みって感じ(実は見てない)。三陸鉄道もいろいろなストーリーを背負いこの地を走ってるけど年々客は減って経営は厳しそう。ちなみに久慈から宮古まで71kmで1890円、お高い。18きっぷ使えないのは当然として、JRの普通運賃の1.5倍近い水準。客は途中2〜3人出入りあったけど乗り通したのは私一人。

久慈駅は右がJR、左が三陸鉄道。駅の隣の市立図書館ができて、あまちゃんの展示とかがありましたね。

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宮古は三陸海岸最大の都市。とはいえこの時間は誰もいない。

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本日の成果(新規乗車区間)

津軽線 青森〜三厩 55.8km ※制覇 
大湊線 野辺地〜大湊 58.4km ※制覇
八戸線 八戸〜久慈 64.9km ※制覇
青い森鉄道(元東北本線) 青森〜八戸 96.0km 
三陸鉄道 久慈〜宮古 71.0km







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