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コロナショックによりフィットネス業界はどうなっていくのか

2020年5月4日、政府の発表で緊急事態宣言の延長が決まった。
5月6日から1週間でも1カ月でもない5月末(25日間)までの延期というところに「とりあえず月末まで様子見ますか」となんの根拠もなく適当に決められたのではないかという疑惑はぬぐい切れないがとにかく5月末まで当面の間自粛期間が続くことは決まった。この決定で各業界から声にならない悲鳴が上がる。コロナショックの影響をわかりやすく受けているのが飲食業界、旅行業界、エンタメ業界だが甚大な被害を受けていながらあまり表に出てこないフィットネス業界という業界もある。コロナショックを受けてフィットネス業界が受ける影響とその先について書いてみた。

フィットネス業界の現状

 国内のフィットネス業界は約5,000億円規模の市場だ。これは国内のラーメン店やベーカリショップと同程度の市場規模になる。
 日本のスポーツクラブは約6,000カ所、会員数は約500万人。このマーケットの大半をフィットネス業界の大手4社(コナミスポーツ、セントラルスポーツ、ルネサンス、ティップネス)が占める。

 世界的に見ても、フィットネス市場は大きな産業の一つで世界のスポーツクラブは約210,000カ所、利用者は1億8300万人、市場規模は940億ドル(100兆円)の巨大産業だ。しかし、そんな盛況なフィットネス業界はコロナショックによって全世界的にかつてない程のダメージを受けている。
 国際ヘルス・ラケット&スポーツクラブ協会(IHRSA)によると、新型コロナ関連で営業停止を命じられた全米のスポーツクラブは、毎週計6億2000万ドル(660億円)の収益減となっている。日本のフィットネス業界の収益減額は公表されていないが2018年の業界の売上高が4,790億円(株式会社クラブビジネスジャパン発行 Fitness Business参照)であったので単純計算で400億円/月の売上が業界全体で吹っ飛んでいることになる。

フィットネス業界の構造

 フィットネス業界は業界大手4社の運営する統合型フィットネスクラブと、カーブスジャパンやエニタイムフィットネスなどに代表される小規模のFCチェーンが業界をけん引してきた。芸能人やセレブを対象にしたパーソナルジムも数を増やしている。小規模FCジムやパーソナルジムが、業界を占用している統合型フィットネスクラブから如何にパイを奪うかが近年のフィットネス業界の構造である。
 多様化する消費者の特定のニーズに特化した特化型フィットネスクラブは比較的少なめの設備、少額の投資で始めることができるため参入障壁が低く、近年、その数も爆発的に増え、統合型フィットネスクラブから次々と顧客を奪っている。

 統合型フィットネスクラブは都市部を中心に既に飽和状態で事業拡大戦略が取りにくく、スイミングスクールや体操教室事業に力を入れたり、サービスの見直し・拡充などによる新業態の開発、とりわけスタジオのホットヨガ対応、ジムの24時間営業化、コンディショニング系のプログラムの拡充することで頭打ちの事業をぎりぎりの所で続けてきた。一方で特化型のフィットネスクラブは既存の業態とは異なる24時間セルフサービス型ジムやサーキットトレーニング系スタジオ、ストレッチサービス店等に加え、コンセプチュアルなブティックスタジオの出店がインスタグラムの影響などもあり注目を集めた。

 統合型フィットネスクラブは「マシン」「スタジオ」「パーソナル」「プール」「お風呂&サウナ」の5要素から成り立っていて、この5要素を全て兼ね備えることで幅広く消費者のニーズを拾ってきたという実態がある。その一方でコンテンツが多い分、クラブそのものが大型にならざるを得ず、店舗を維持するための人件費、家賃、水道光熱費など固定費が経費の中に占める割合が多く、今回のコロナショックによる営業自粛の影響が大きい。

自粛によって生まれ始めたオンラインのニーズ

 コロナショックによる自粛生活や在宅勤務は人々を運動不足に貶める。運動不足によるフラストレーションを実感しているのは普段からトレーニングをしている人だけではない。家から出ずについつい食べすぎる生活が続き、運動不足になっている人は相当数いる。こういう状況下ではダイエット需要が高まる。しかし、自粛要請・感染拡大防止の観点からスポーツジムは営業を停止しているので、コロナによる運動不足解消を求めるニーズが爆発している。河川敷やランニングコースはランナーで溢れ、EC上では「ダイエット」関連キーワードボリュームがうなぎ上り、自宅フィットネス器具ジャンルが売り上げを大きく伸ばしている。20年近く前に流行ったエクササイズDVDのビリーズブートキャンプも再びヒットしているようだ。

 運動が不足がちな生活になり、世界1億8300万人のエクササイズ愛好者の多くは、コロナショックの影響でフィットネスクラブに行けなくなり苦しんでいる。インストラクターの多くも失業状態となり、生き抜くためにSNSを通じたオンライントレーナーやYoutuber化したインストラクターが次々と出てきて、インターネット上にはトレーニングやエクササイズの動画が次々とアップされ始めている。人々は外出せずに運動量を増やすために、お気に入りのトレーナーの動画やカーディオ動画、筋トレ動画をローテーションで流しながら自宅でトレーニングをする人が増えている。

オンラインプログラム 

 オンラインプログラムはコロナショックが大きな問題になるずっと前から、一部のフィットネスクラブや有名インストラクターによって開始されていて、徐々にその存在感を増している。
例えば、海外では人気のインストラクターのレクチャーを見ながら、エアロバイクでエクササイズを提供する「Peloton(ペロトン)」や、一見普通の鏡だが、電源を入れるとボクササイズからヨガまで様々なレッスン映像が映し出される「ミラー(Mirror)」などのガジェットがバカ売れしている。

これらのコンテンツは自宅にいながら豊富なレッスンメニューとインタラクティブなインストラクターとのやりとりが受けて人気を博している。
他にもトレーニング動画を共有する「JETSWEAT」やオンラインでヨガの動画を共有する「DoYogaWithMen」のような無料のオンラインプログラムのサービスにより自宅でフィットネスに励む消費者は着実に増えている。
 こうした既存のオンラインプログラムを含めコロナショックを受けて自宅トレーニング動画は急速にコンテンツが増加し、自宅待機者を確実に取り込んできている。

 オンラインプログラムの利点はジムやスタジオに向かうことなく、自宅で自由にトレーニングができることだ。周りの目を気にすることなく、特定のレッスン時間に縛られることもないのでスタジオで大勢でレッスンをうけることに抵抗がある人にとってはとても魅力的なコンテンツだ。
コロナショックを受けて日本でもこういったオンラインプログラムの市場が活性化することは間違いない。

オンラインフィットネスは日本で流行るのか

 オンラインフィットネスが新しいフィットネスの形として日本で定着していくことは間違いないが、これがどの程度まで我々の生活に溶け込んでいくのかはまだ予測がつかない。画期的な世紀の発明だと言われたにもかかわらず人々の生活に溶け込まなかったセグウェイのような結果に成り下がる可能性もまだある。

 そもそもフィットネスクラブはトレーニングできない人のために機材や環境を整備し、人々の健康意識をモチベートする場所なので日本の住宅事情を考えると自宅に機材や環境を整備できる人は限りなく限定される。
 フィットネスは“いつでも”、“どこでも”という自由度を与えられた途端にハードルが高くなる。精神力の強い人でなければオンラインフィットネスを習慣化することはできないだろう。トレーニングはある程度の強制力と何かしらのモチベーションが無いと長続きしないので場所と時間の2つの自由を与えられることは逆に自分の精神力を試されることになる。
 また、経営の面から見てもオンラインプログラムをマネタイズすることは難しい。単純に考えればオンラインフィットネスのコンテンツを課金制・定額制で提供することになるがYoutubeに無料のフィットネス動画が山ほど挙がっているような状況で消費者がお金を支払う価値のあるものを作り出すことは簡単ではない。

 この2つの難問をブレイクスルーしない限りオンラインフィットネスは手軽な自宅フィットネスを好むユーザー向けの小さな市場にとどまることになるだろう。ただ、自宅でできるフィットネスの最適解を求めて既に事業者間の熾烈な競争は始まっているので新たなユニークプレイヤーの登場で市場は大きく変わる可能性を秘めている。

フィットネスクラブという特殊な空間

 フィットネスクラブというのは特殊な空間だ。フィットネスクラブに通う人たちの目的は十人十色。そしてフィットネスクラブの一番のお客さまは足しげく通ってくれるヘビーユーザーではなく、会費を払って全然通わない幽霊会員だという点も実に面白い。(全くの幽霊会員だとそのうちやめてしまうので低頻度でダラダラ通う会員というのが正しいのかもしれない)

 フィットネスクラブをトレーニングを主目的とする人もいればお風呂・サウナを主目的とする人もいる。インストラクターや他のメンバーとの交流の場ととらえる人も少なくない。実際、統合型フィットネスクラブでは「スタジオ参加率」はとても重要な指数で、インストラクターや他の参加者とのコミュニケーションによる退会抑止を高めるためこの参加率をあげることに躍起になっているフィットネスクラブもある。
 他にも筋トレをメインで行ういわゆる“ガチ勢”と言われる人もいれば黙々とランニングマシンで走り続けるライトなユーザーもいる。こうやって客層を挙げてみるとオンライン化が響く層と響かない層は明白だ。筋肥大や最大重量をいかに上げるかといったシリアスな目的がある人には自宅ジムは厳しい。器材がないと、モチベーションが続かないし、自宅トレでは筋肥大や最大重量をあげるのはかなり厳しい。そういう人たちにとってはオンラインなんかは関係ないし、自宅トレーニングはコロナが終わるまでのつなぎでしかない。

フィットネスクラブは元の姿に戻らない

 フィットネス業界を待ち構える状況はとても厳しい。自粛期間が終わったとしてもコロナウィルス自体が終息するわけではないので残念ながらフィットネスクラブは今までのような姿には戻らない。客側も長い間ウイルスにさらされないよう注意してきたので今更混み合ったスタジオでエクササイズをする気にはならないだろうし、不特定多数の人が汗まみれで使うマシンに触るのは嫌だろう。コロナウィルスと長く付き合っていかなければならい社会になった以上、フィットネスクラブも形を変えていかなければならない。
 フィットネス業界で働く人々は薄々今置かれている立場の危うさに気づいているはずだ。特に統合型フィットネスクラブは今回のコロナショックで利益の源泉であった幽霊会員が数多く退会してしまい、収入が激減する。コロナショックで離れた会員の戻り先は特化型もしくはオンラインプログラムなので恐らく統合型フィットネスクラブには戻ってこない。
 なので、統合型フィットネスクラブは①体力勝負で生き残り、潰れた他のクラブの会員を飲み込む、②オンラインへの移行が厳しい層(主に高齢層)を囲い込む、③オンラインコンテンツを導入して進化する、などの戦略を取っていくことになる。各大手4社がコロナショック後にどのような絵姿を描いているかによって業界地図は大きく書き換えられる。

 これからフィットネス業界は生き残りをかけた運転資金と収入の確保、重い固定費の圧縮に奔走するはずだ。安定した利益を確保できなければ如何に大手であっても事業は継続できない。コロナウィルスの影響を受け、驚くような大手フィットネスクラブが終焉を迎える可能性もある。
 フィットネス業界にはまだイノベーションの余地がある。ANYTIME FITNESSをはじめとした24/7系のジムによる「マシン」へのイノベーション、ライザップ等による「パーソナル」へのイノベーションが起きた。そして今は「スタジオ」にオンラインというイノベーションが起きようとしている。

人々の健康を支えるフィットネスクラブのさらなる進化に期待したい。

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