ホテルと演劇 -メズム東京滞在記
元ホテリエとして持っていた、ホテルの固定概念を覆されたホテルがあった。
メズム東京、オートグラフコレクション。2020年4月にオープンしたホテルだ。
公式HPには、TOKYO WAVESをキャッチコピーとしたコンセプトがこのように記されている。
開業前から各所で取り上げられていた取材記事には、ポンパドールヘアの総支配人が写っていた。
ポンパドールヘアで働くホテリエは出会ったことがあるけど、割と高さがあるね……?!しかもメトロポリタンやメッツの日本ホテル?そんな大きな会社が尖っている……?
ちょうどこの記事が出たころ、仕事の打ち合わせで日本ホテル株式会社にお邪魔する。偶然、生沼氏とすれ違った時、本当に芸能人を見たような気分だった。
ホテルの立地は浜松町・竹芝。
劇団四季で育てられた演劇オタクの私には特別な、専用劇場が3つも立ち並ぶ聖地。
劇場を内包する商業施設としてオープンする「ウォーターズ竹芝」に、 このメズム東京は開業するという。 これは絶対泊まりに行く、と思った。
元ホテリエ、今もホテルに関わる仕事をしている私だが、趣味は演劇鑑賞。
幼少期から好きなものを仕事にしようと思い、挙がったのがホテルと演劇だった。
仕事を一つに選ぶとしたら。「ホテリエの仕事は多分、演劇的な要素を含むはず」と感じて、ホテルを職場に選んだ。
同僚や元ホテリエの友人でも何人か、「趣味・演劇鑑賞、仕事・ホテル」と言い切る仲間がいる。バンケットで関わる配膳会のメンバーや、アルバイトのベルボーイには、ダブルワークで役者をやっているスタッフもいた。
ホテルと演劇は似ている。
下記の記事で少し紹介したが、
ホテルを劇場に見立て「泊まれる演劇」という作品(≒宿泊プラン)を創る人がいるように、ホテルと演劇が似ていると感じている人は他にもいるのではないか。
メズム東京滞在記。
レストラン利用はしたことがあったが、終日身体を預けると気持ちの余裕が違うもので、宿泊中はこの「ホテルと演劇」について結論を出すでもなくモヤモヤ考えていた。
そんなことを記録しておこうと思う。
メズム東京、滞在の記録
ちょっとだけ宿泊経緯
コンセプトのボディコピーには「五感を魅了する時間と空間が導く」と書かれていた。
景観、流れるピアノのサウンドにゲストの騒めき、ロビーの香り、食事の味わい、リネンやアメニティの手触りといったところだろうか。感じ方は人それぞれ(いいこと言える自信がない……!)
宿泊者はアラサー女性の私、添い寝の子供、同年代の女友達という構成。
全客室にカシオのデジタルピアノが備え付けと聞いて、ピアノが得意な友達を誘った。
これで客室でも五感を満たすのだ〜と、勝手に専属ピアニスト付きステイプランを実現してみた。
アナと雪の女王にどハマりしていた子供のリクエストにより、一番多く弾いてもらったのは「Let It Go」だったが。
最近になって聞いたことだが、客室のデジタルピアノも広義の「アメニティ」だと言えるよう……?
詳しくはポッドキャスト番組「メズム東京 夜のバックステージ」chapter5にて。面白いよ!
客室の快適さと特徴的なアメニティグッズの数々。
世界観を表現するいくつものコンテンツ。書くべきことはいくらでもあるが、多くの方がSNSやブログで滞在記を書き留めているので、慣れない記録で稚拙に語りたくはない。
語りたいのは「タレント」という役者の姿
メズム東京では、ホテルのスタッフ・ホテリエのことを「タレント」と称している。さながら役者。
宿泊で長時間滞在する中、最も衝撃だったのは、彼らがその人らしい姿で働くことを許容されていることだった。
正直なことを言うと、総支配人のポンパドールは「役職者だから許される型破り」だと思っていた。
型破りという言葉は、芸事の世界と繋がって語られることが多い。
千利休の訓から引用されたと言われる、「守破離」の「破」の部分だ。
忠実に型を身につけたことを証明できる年代・役職に就いてこそ叶う、型破りのかたち。それが高さのあるポンパドールなのかと思っていた。
しかし。
滞在中に見かけた、金髪のスタッフ。多分日本の方で、若手だとは思う。
フロントにいたスタッフの爪はヌードカラーで軽く塗っていたのか、それともネイルをしたように綺麗に整えられていたのだろうか。
ブラックのジェンダーレスなユニフォーム。
揃えられた靴はヒールのないワークシューズ。
同業だからこそ、とても衝撃的だった。
羨ましさを書き連ねすぎてしまうので、私がホテルで働いていた時の服装規定を気弱に小さく書いてみる。
めちゃくちゃ衝撃だった。
型があるから型破りなのか?型とは誰の型なのか?超えてはいけないラインはあるのか?役者たちが皆個性的なのに、統一感が出せるのはなぜか?
何から言い出したらいいかも分かっていないまま、思わずひとりのスタッフさんに話しかけてしまった。
「ローヒールで働けるのは羨ましい」と。
その女性は教えてくれた。
どのポジションの仕事もするので、この靴はありがたいんです。ユニフォームはヨウジヤマモトのデザインで、ホテルのコンセプトに沿ったもの。誰が着ても結構似合うんですよ、と。
もちろんユニフォームや外見は、ぱっと見で伝わるもの。
個性が伝わるのに、統一感を醸し出せるメズム東京の役者たち。実はものすごいのかもしれない。
ゲストと関わるタレントたちのポジションは「スターサービス」と呼ばれるらしい。
スターサービスの採用ページには
「いつでも、どこにいても、メズム東京らしさをお客様に感じていただけるよう、最前線でメズム東京を創っていくおもてなしのプロフェッショナルです。」と書かれている。
ホテルの演劇的な要素
私が働いていたホテルは、 バックヤードからロビーを通過してフロントに向かうという出勤動線だった。
ユニフォームを着て、重いドアを開けロビーで一礼。
舞台に上がった気分で「ホテリエ役」になりきると、自然と美しくロビーを歩くようになった。
ゲストとのやりとりは予定不調和なロールプレイ。 滞在目的や同行者との関係を察するように、求められる物語の一部として役割を全うすることが楽しみだった。
ユニフォーム、髪型、爪の色、ヒールの高さ。物語を作る一部として不可欠な衣装だと理解していた。
しかしホテリエの「かたち」はそれだけではなかったことを、2020年のメズム東京開業によって初めて体感したのだった。
「作品至上主義」と「スター制度」を両立するホテル
商業演劇の世界で「作品至上主義」と「スター制度」は対極として語られる。粗雑なまとめ方なので、個人の意見として聞いてほしい。
作品至上主義というと、劇団四季が思い当たる。
輸入・オリジナル作品問わず、最も守られるべきは作品。 役者個人のカラーや集客力は最重要ポイントではなく、誰がキャスティングされても一定品質以上の観劇体験を保証する。
役者は物語の一部として必要不可欠だが、代替可能性を残している。
だからこそ人気作品をロングランすることができるのだ。
一方でスター制度の最も有名な例は、宝塚歌劇団だ。
ご存知の通りトップスターがいて、スター見たさにファンが足繁く劇場に通う。
当て書き作品も日常的。トップスターの退団作品では、軌跡を物語るようなモチーフや歌詞が採用されることがある。
自分が推したスターとの記憶を辿り、ファンは心を震わせる。
メズム東京は確固とした世界観を持ちながら、キャスト個人の自由度を担保している。
作品至上主義とスター制度を掛け合わせた演劇システムなのかもしれない、なんてことを考える。
ホテルと演劇が似ているかどうかすら、真偽は分からない。
物語の終わりに
ホテル業界でも、働き方改革がしばしば話題になる。
離職率の高さ、他業界と比較した給与水準の低さ。
接客のステージに立たないことには仕事にならないことが多く、リモートワークとは遠い。
それでもホテル業界のことは好きだ。
結婚して妊娠して、ユニフォームをうまく着られなくなり、子供が生まれ、大好きだった夜勤シフトに入れなくなり、辞めたけど。未練たらたら!
ホテルのサービスをより良くするためには、ホテリエが幸せに働くことが一番大事だと心底思っている。
演劇作品であるホテルの質・世界観を維持することと、スターが生まれることは両立してもいいんじゃないか。
この人がいるホテルだから行きたい、が生まれる。
ホテリエが代替可能な役者ではなく、その人ならではの色を残すことを尊重されたら。
その中で質を担保するには、何があればいいんだろう。
ホテルと演劇って、やっぱり似てない?と思った、というお話でした。
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