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⑨オチ担当の面接

大学職員の面接が始まった頃、私は失恋した。

大して長い付き合いでもなかった同い年の彼氏から、別れを切り出された。
理由は浮気だったため、私は「かわいそうな自分」と悲劇のヒロインの最中であった。

今となればくだらないことこの上ないが、当時は切実で真剣だったのだ。

様々な物事への意欲を失った私は7kgほど痩せてしまい、スーツのスカートのサイズがゆるくなってしまった。

その直後にあった大学職員の採用面接では、スカートのウエスト部分を折り、安全ピンで留めて凌いだが、夏だったために上着で隠すことができず、なんとも滑稽な姿がそこにあった。

面接までの待ち時間は、持参した就活用ノートに失恋した辛さをポエムのように書き綴っていた。
家でやれよという話ではあるが、当時はそうすることで心の平静と自我を保っていたのである。

一次面接は、5~6人の学生に対して面接官が3人ほどおり、面接官の質問にそれぞれ順番に答えていく形式となっていた。

私の席は面接官から最も遠く、回答の順番が最後となっていた。

他の学生達の答えを参考にしたり、考える時間を多く取れて得した気持ちで順調に回答を重ねられた中、最後の質問がなされた。

「頑張ってもどうしようもない時はどうしますか?」

最初の学生が「諦めず頑張る」というようなことを答え、同じような答えが続いていった。

さすがに誰かひとりくらいは違うことを言うだろうと予想していたが、「成功を信じて頑張り続ける」など、前向きにも程がある回答だけが響いて行った。

もし皆が同じ答えだったら、私はあえてそうでない方を選んだほうがいいのだろうか…。

回答の内容以前にそちらが気になってしまい、皆の動向を窺った。

そしてまさかの、私の隣に座っていた学生も同様の回答だった。
「諦めない先に輝く未来が必ずあると信じています!」

私の生きる次元と違いすぎて、そして何かの歌の歌詞のようで、今でもこの言葉をはっきりと覚えている。
みんなポジティブで頑張り過ぎじゃないか??噓でしょ?

動揺をしていたのもつかの間、面接官が私を指名した。

心なしか、面接官の眼差しから「お前は違うことを言ってくれるよな?分かってるよな?」的なオーラを感じた。

「…わたくしは、頑張ってもどうしようもない時は…頑張りません。」

すぐに面接官のひとりのペンが動き、素早く何かを記していた。

その理由を別の面接官が私に問いかけ、「やるだけやってダメだったら、大丈夫になる時が来るまで違うことをしたりして次のチャンスに備える」というようなことを答えた。

それに対して、何か頑張れないようなことがあったのかと最初の面接官に尋ねられ、「努力や気持ちだけではどうにもならないと感じた挫折の経験があった」と答えたのだった。

もちろんそれは、「失恋」である。

それ以上は何も問われなかったが、もしそれは何かと聞かれて「失恋」と答えていたらどうなっていただろう。

数日後の午前中、いつものようにアパートで寝ていたら、チャイムの後にドアポストに何かが入る音がした。

速達と赤くスタンプされた封筒。
先日、面接に参加した例の大学からである。

入っていたのは、次の試験の案内だった。

あのオチ要員でうまく行ったのかは分からないが、面接の場では、拙いながらも自分の言葉で伝えていいのだとようやく受け止められたのだった。

そして次は最終面接となった。

つづく

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