掌編詰め合わせパック(御徳用)

ツイッター にたまにあげる画像1枚創作のまとめ

非常口にて

 世界には非常口が開いているのだそうだ。
「全くもってちょうどいい」
 部長は笑い、僕の手を引く。なぜ女の子の手はこんなに柔らかいんだろう。疑問が黒煙に呑まれる。
 倒壊する支柱、ミディアムレアの死体、連中をくぐり抜け非常口へと走った。運動不足の部長、途中から僕が抱えて走る。
「非常口の先はどこへ行くんでしょうね」
「知らん。死後の世界ではないことを祈ろう」
 死後の世界ではダメなのか。でもたしかに非常口っていうのはゴールではないし、その先にも世界が続いてなきゃいけないわけだ。
 そのまま僕は走る。やがて非常口のぼーっとした緑の明かりが見える。風が吹き、煙がわずかに晴れる。それでまた面倒が増えた。
 日本から最寄りの非常口は、ぽっかり太平洋に開いていた。二人で泳いでいくのは無理らしい。
 部長が笑う。
「さてはちゃんとメンテナンスしてなかったな」
 そのまま部長は海へと飛び込んだ。何となくそうする気がしていたと軽口を返す暇もない。僕もまた非常口へ飛び込む。
 そして気がつくと、目の前に部長が立っていた。
「どうだった、非常口の先は」
 そこは日常の世界。僕の背後には赤く揺らめく非常口の灯り。
「非常より日常のほうがいいですね」
 日常の中の部長の手を握ろうとして、すいと躱される。非常の世界の彼女のほうが優しかった。


自粛の味

 部長が逮捕された。原因は公的資金横領の罪。学校から支給された部費を着服していたらしい。甘いものを食べる以外に楽しみもないあの人が、また大それたことをしたものだ。
 結果として、僕は狭い部室で一人きりになった。それだけならまだよかったが、次に部長の出演した作品の自粛が始まった。
 二人で作った部誌。二人で撮った写真。二人で書いた勧誘チラシ(戦果はゼロ)。全てがどこか遠くクリーンな施設に回収されてしまった。他の出演者の風評に影響が出るために。それって僕のことかい。
 それで、僕の世界には、初めから彼女なんて存在しなかったみたいになってしまった。僕への配慮のために。
 とぼとぼと家に帰る。流石に寂しい気持ちが抑えられない。あんな人でも無二の友人だったから。
 失意のままポストを開けると、黒い何かが転がり落ちた。それはチョコレートの箱。とても真っ当なブランドの品。
 それで僕は、部長が横領した金で何を買ったか知ったわけだ。だって万年金欠の彼女に、こんなブランド品買う金はない。
 箱の中にはメモが封入されていた。
『あとで回収する。食べないように』
 メモには署名がされてなかった。なるほど、これで自粛を逃れたわけか。
 一つをとって口に入れる。ちょっぴり苦すぎた。


スプーンをパスタで食べよう

 部長は口先だけのアナキストなので、基本的に形から反体制運動を行なっている。
 昨日は前後逆さ向きで鬼ごっこをしていたし、今日は銀のスプーンでパスタを食べていた。真っ赤なトマトのアマトリチャーナ。
 当然麺は掬われず、部長の試みは救われない。どぼどぼと情け容赦なく落ちる小麦粉塊。ならば落ちる前に食べ尽くそうとスマッシュの勢いでスプーンを動かしたらしく、トマトソースが部長の白いワンピースにシミを残した。
「フォークが嫌なら箸で食べたらどうですか?」
 流石に見ていられない。でも彼女は僕のいうことなんて絶対に聞かない。
「箸は安直なナショナリズムだ。なんたってノスタルジアだ!」
 自分の言葉の意味を理解してるのだろうか。
 そのままスプーンを必死に動かし続けた。スープにすればよかったのになあ。
 僕は店のテレビに目をやる。いよいよ日本の総人口が4桁を切ったというニュースがやっていた。安楽死の合法化以来、この流行は止まるところをしらない。
「だめだ!食えない!」
 それにしてもさすが部長だ。口先だけのアナキストは、要するにただの逆張りだけど、皆が死に急ぐ中でも絶対に格好悪く生きている。付き合わされる身にもなってほしい。
 僕もフォークをクラムチャウダに突き刺した。


忙しい時に限ってOSの更新が挟まって再起動に時間がかかる

 実用化されたサイボーグ技術を我が部で真っ先に導入したのは、いうまでもなく部長だった。ただし恐ろしく値段のはる施術が必要だったために、僕と部長は各々の腎臓を片方ずつ売っぱらわなくてはいけなかった。
「どうですか、調子は」
 がしょんがしょんというバカみたいな擬音が狭い部室に響く。ちょっぴり表情筋の変化に乏しくなった部長は、けどそこそこに満足そうだった。
「徒競走では2位になれたし、数学の試験も平均点に届いた」
「それは凄い」
 そんな、そこそこ完璧に見えた機械体にも欠点はあるらしい。
「あ」
 大富豪の途中、ジェンガを引き抜きかけた時、なんのけない会話の最中、しばしばバッテリー切れで部長は動かなくなった。その度に僕は電池を換えてやらなきゃいけないのだけど、問題はそのあとだった。
 部長の再起動は僕のノートPCよりも遅い。どうもケチってSSDでなくHDDに記憶を写したらしかった。平均して15分程度、笑っていれば笑い続けるし、怒っていれば怒り続ける。乙女らしからぬ顔の時もあって、そうなら僕がハンケチーフをかけてやるわけだ。
 そして今日も僕は彼女の再起動を待つ。止まった時の中に浮かぶ笑顔を、部室で一人眺めながら。


アルカナ

 部長がタロットカードを始めた時、実験台は当然に僕が選ばれた。
 笑う星、塔から落ちる僕、逆さ吊りの彼女。正位置、逆位置。ふんふんと頷いてはいるが、未来を案ずるカピバラの方が頭を使っていそうな雰囲気だった。
「君はとても運がいいね」
 そして部長がドヤ顔で決める。くじ引きでもした方がずっと効率的だろう。
「しかし一年で幸運は尽き、以降はどん底の不幸だ」
「お代はいります?」
「じゃあ、コーヒーでも」
 しかし不服なことに、部長の占いは正しかった。
 それからというもの宝くじには当選したし、自宅の風呂が油田に繋がり、果ては望遠鏡を覗けば新たな彗星を見つけてしまった。
 だが何の因果なのか彗星は地球をめがけて一直線、部長もろとも人類は滅んだ。
 ただ一人、幸運な僕を除いて。
 そこでぴったり一年が経った。どうも今のが幸運の最後の置き土産だったらしい。
 それからというもの孤独な僕は様々自殺を試みたが、不幸な奴は何をやったってダメなものだ。何百回目の首吊りに失敗した場所はたまたま学校で、そこには逆さ吊りの部長が描かれたカードが落ちていた。
 笑う彼女と目が合う。
「私の占いはよく当たるんだ」


香水は実際に割るともっと匂いとかバリバリになるらしい

「私の香りを詰めてみた」
 放課後、別れ道。
 夕暮れに消えようとしていた部長が振り返って手渡したのは香水のビンだった。そのまま彼女は改めて燃える夕日に飛び込むと、セーラー服ごと塵に消えた。
 ビンの中身は無色透明。振っても泡立つばっかりで部長の声が聞こえてきたりはしない。そして僕は自室に一人、そいつと対峙して睨み合う。 
「まあ、いつもかいでる香りだろ」
 部長はそう言ってはいたが、よくよく思い出すと彼女の香りなんてものに意識を振り分けたことはなかった。そんなことしてたら変態だ。部室の埃臭さだけが記憶にある。
 さて、開けるか否か、それが問題だ。
 これで例えば、優しいスミレの匂いや爽やかなミントの匂いがしたのならどうということもないが、酷い臭いなら合わす顔がない。そもそもどうして部長は自分の香りなんて詰め込んでしまったんだろう?
 悩みに悩んだその夜の僕は、うっかり肘先をビンにぶつけてしまう。
 砕け散り舞うクリスタル、匂いをかぐ間もないまま霧散する香水。
 その正体はわからぬまま、彼女の香りは永久に僕の部屋に溶けてしまった。
 



またこんど!

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