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Back to the late 90’s 【番外編】第8話 LOW DAMAGE結成10周年パーティー


久々の【番外編】。初めて読まれる方の為に説明しておくと、通常の『Back to the late 90’s』は私の身の回りに起こった出来事を中心に執筆しているが、【番外編】は、私回りではなく、一般的な関西HIPHOPシーンでの出来事や、当時存在したクラブ、レコード店などについて執筆させてもらっている。


今回は、1999年を代表する事柄として、12月17日と18日またがってDONFLEX Loungeにて開催された『LOW DAMAGE 10周年記念』について執筆したいと思う。先に断っておくが、残念ながら私は、このパーティーに演者としてもオーディエンスとしても参加していない。


出演者の面子を見ると本当に凄い人達ばかりだ。LOW DAMAGEのお二人を筆頭に、『SUPER SOUL SHOW』の看板DJで『Back to the late 90’s 【番外編】第6話』に登場するレコード店『JELLYBEAN』の代表でもある大月篤さん、1980年代から関西のHOUSEシーンを代表するYOKUさん、REGGAEからは、伝説のREGGAE CREWとも言うべき『TOKIWA』からN.G. HEADさんやRYO THE SKYWALKERさん、JUMBO MAATCHさんなど非HIPHOP業界からも有名アーティストが出演。


一方のHIPHOP業界からは、福井県のレジェンド1LOWさん(当時は、MC.ICHIと名乗られてました)や、名古屋から『ILLMARIACHI』刀頭さん(DJ HAZU)など関西以外からも駆けつけ、地元関西HIPHOPシーンは、一時期LOW DAMAGE CREWとしても活動されていたDJ KOOHさん(因みに筆者の地元の先輩にも当たります)や、MINMI君やBENKAY君(当時はBENKEI)、ラッパーでは茂千代君が結成していた『DESPERADO』や、沖君『WORDSWINGAZ』、他『S.B.S』や『CHIEF ROKKA』、SAL君など当時のシーンで、人気実力があった総勢24組が出演した。

DJ KOOHさん(写真左)と筆者。1989年よりDJ活動を開始され、LOW DAMAGEと共に、関西HIPHOP界を黎明期から支えてこられてきたKOOHさんは、KENSAWさんとは旧知の仲。言うまでもないが超一流なDJスキルと、近年は歌手としても活動され、アナログ・レコード『Rasta Woman』をリリース。上記でも述べた通り筆者とは個人的にも地元の先輩後輩の間柄で、同じ病院で産まれた仲でもある(笑)。


内容は?と言えば、ダンスのパフォーマンスやMCバトルなど盛り沢山で繰り広げられたようで、関西HIPHOPダンサーのレジェンド『DANCE DELIGHT』マシーン原田さんや、当時のHIPHOPダンサーの顔役とも言うべき『世捨人』が登場したり、MCバトルでは、CHIEF ROKKAのERONEさんが制して、黄金のマイクをゲット。


そして、主役のDJ KENSAWさんは、盟友と言うべき1LOWさんとJUMBO MAATCHさんをホストMCに迎え、KENSAWさんクラシックのひとつRUN DMC『Christmas In Holies』からスタート、またTANKOさんは十八番とも言うべきOLD SCHOOLを中心に選曲し、フロアを大いに盛り上げた。



これだけの豪華面子なので、当然キャリア2年にも満たない私にオファーがくる訳もなく、ましてや私自身まだ当時はLOW DAMAGEのお二人とお話させてもらえる機会もなかったので、まさに「雲の上の存在」だった。


それに、この10周年の3日後に『Back to the late 90’s 第24話』で執筆した通り、DABOさんを招いたパーティー出演が決まっていたので、小心者の私は、おそらく『LOW DAMAGE 10周年』に行く気持ちの余裕すら無かったのだと思う。


後年になってTANKOさんとは、自身がここ数年力を入れてこられた人気MixCD『JAPPOP』シリーズを、そのままイベントした『Jappop Night』に、私を抜擢して下さり、沢山ご一緒させて頂き、間近でTANKOさんのDJを見せて頂いた。常日頃より「HIPHOPは感覚」と言い切るTANKOさんのDJは、とても丁寧で繊細な内容で驚いた。


私が「選曲て起承転結が大事ですよね?」とTANKOさんに言うと、「そんな事言うまでもないわ!選曲とは喜怒哀楽やぞ!」と教えられた。この台詞は私の心に深く響いた。以後、私は選曲時に、TANKOさんから教えて頂いた「喜怒哀楽」が事ある毎に、頭の中を過るようになった。まさにTANKOさんの格言だ。この御言葉は一生忘れないだろう。

TANKOさん(写真右)と筆者。この写真はTANKOさん主催の『Jappop Night』での1枚。今は無き東心斎橋ZAKUROで定期的に開催していた『Jappop Night』は、関西のDJイベントシーンにおいて、いち早く歌謡曲や和ものに着目したイベントで、TANKOさん召集の元、様々なゲスト・アーティストが出演した。このパーティーを通じてTANKOさんと交流させて頂いた。心から感謝している。


一方のKENSAWさんとは、最期まで「おはようございます」と御挨拶させて頂く程度で、それに対してKENSAWさんが「おう」と言うやり取りだけで終わってしまった。それぐらいKENSAWさんの近寄り難いオーラは、私のような下っ端が気さくに話かけられるような雰囲気ではなかったのだが、KENSAWさんか亡くなられてしまった今となれば「色々とお話しとけば良かった」と後悔しか残っていない。


今日、関西で大小問わず様々なHIPHOPイベントや、目まぐるしく色々なDJやラッパーが登場しているが、その始まりはLOW DAMAGEが、不毛の大地を耕し、HIPHOPと言う種を巻き、水や肥料を与えた事からだ。


関西でHIPHOPと携わる以上、我々後輩達は、多かれ少なかれオリジネーターである『LOW DAMAGE』の恩恵を受けている事を、決して忘れてはいけないだろう。


BIG RESPECT TO DJ KENSAW & DJ TANKO!!!

『LOW DAMAGE 10周年パーティー』より左からKENSAWさん、TANKOさん、1LOWさん。

つづく......

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