【元外交官のグローバルキャリア】アメリカでの面倒なチップ文化というもの
アメリカに行くたびに、チップの習慣には頭を悩まされる。
いつどの場面でいくら手渡すべきかに気を使う。払い過ぎていないか、足りなかったかのかが気になる。サービスを受けている最中から、頭の中ではずっとチップの計算をしている。この人から受けているサービスはどの値が妥当か、携帯を取り出して18% や20%が現金だといくらに該当するか、顧客としていくら出すのが妥当かをずっと考えている。私はやたらとチップの相場や周りの顧客がどの程度払っているかを気にする。
十数年前にアメリカで勤務を開始した時に、チップについての小冊子を買った。それを目安にハワイで日々の生活でチップを渡す場面と額を探った。レストラン、ホテル、美容院やネイルサロン、自宅に修理の人が来た時は払うのか?お掃除のヘルパーさんにも毎回支払うのか?という疑問が湧くとその冊子をめくった。その後のロサンゼルスやシカゴでの勤務でもその冊子の中身を参考にした。いつその虎の巻が私の手元を離れたかは覚えていない。きっと新任の人に「便利だから」とあげたのだろう。
チップの相場
インターネットでチップのレートを調べると、大体相場よりも高い気がする。あの冊子ほどに的確と思えるサイトはなく、大体が地元の友人が払ってるレートを大きく上回る、貰い手の視点だ。
そう、地元の人たちのそれぞれのチップの払い方や考え方も微妙に違う。財布のひもが固くチップに渋いひとや、やたら大盤振る舞いの人まで色々だ。
ホテルや空港で荷物を持ってもらう時には、荷物一個につき1ドル程度。
車を預かるバレー(valet )という駐車サービスでは、車を引き取る時に3ドルから5ドル。
ホテルの部屋のハウスキーピングには一部屋一泊1ドルくらい。連泊してまとめて最後に払いたくても、部屋の担当が変わった場合には公平に分けられないかもしれないので、毎日が良い。スイートだったらもう少し弾まざるを得ない。タイムシェアで一週間近く同じ宿に滞在した時にも、毎日チップが求められていることに気付いた。
最近はハウスキーピングやベルホップの〇〇がサービスをしました、とカードが部屋に置かれている。丁寧に封筒まで置いてある場合もある。
チップの渡し方
荷物を運んでもらうのは普通は一緒に部屋に入るからその時に 「Thank you」とか「Here you go.」 と言って渡せば良いはずだけど、部屋に入れておいてくれたり、部屋に取りに来て車寄席においておいてくれる時は渡しそびれる。名前が分かれば、フロントやベルキャプテンデスクに後から渡すこともできる。ホテルもレストランも、チップを前提に基本給が安く抑えられている。調理の人はチップを貰わず、対面の人だけがチップにあやかる。
レストランでは、タイ料理などの軽い昼食程度ならば税前の15-18%、ウェイターが何度も様子を見に来るようなところだと18-20%を税前の請求金額に乗せる。レストランで席が整うまでバーカウンターを利用していた場合にはバーテンダーに15%程度。7ドルの飲み物一杯に対して1ドル紙幣を置くイメージだ。
ウーバーイーツのようなデリバリーにも10%目安を乗せる。タクシーも同様だ。大きな荷物がある場合にはさらに一個につき1ドル程度足す。
やっかいなのは美容院だ。スタイリストに20%程度払うとして、洗髪のみの人にも別途10%程度渡す。5ドル紙幣が妥当なのか10ドルか?
家事代行のヘルパーさんの定期サービスはチップ込みの値段で交渉した。これも18-20%だ。ただし、クリスマスシーズンになるとマンションの受付のスタッフや郵便局の職員に対しても現金を促される。マンションには50ドル、郵便配達の人には20ドルが妥当だろうか?ヘルパーさんも50ドルくらい?
ホテルのコンシェルジュも特別な事をしてもらった場合にはチップを渡すと聞く。ただし、はしたがねというわけもいかないだろうし、悩んでいるうちに渡しそびれる。
ホテルの部屋のハウスキーピングからブランケットが不足しているのを持ってきてもらうのにもなんとなく1ドル払うべきな気がするが、チップに渋いアメリカ人の夫は頑なに出さない。ワイングラスを届けてもらった際には、運び賃の1ドルを払ってもらった。
支援金だと思えば
今回も風光明媚と田舎と貧困の代名詞のウェストバージニア州でネイルサロンでマニキュアとペディキュアをしてもらって、チップの額に大いに悩んだ。地元に住む義理の叔母が髪を切りにいくというそこそこのサロンだ。
ネイリストの感じは悪くないが塗り方がガタガタで、ペディキュアの後のケアや乾かし方も杜撰で、使い回しの布で爪を拭くという衝撃。シカゴなどの大都市ではネイルといえばベトナム移民や韓国移民経営のサロンが多いが、皆これみよがしに毎回袋からファイリングやら一式を取り出す。勿体無いが衛生的だ。
さびれたウェストバージニアとはいえ、サロンのサービスの価格設定は大都市と同等だ。そうなると荒い技術ややや不衛生なサービスであってもチップのレートは変わらないだろう。滞在中お世話になった81歳の義理の叔母と並んでペディキュアをしてもらいながら、またもやチップ計算で頭がいっぱいだ。
チップを払う相手や場面は?
バリスタがいる店でコーヒーを買えば当たり前のようにクレジットカードにはチップ記入欄があるしチップ容器もある。
バージニアの歴史あるリゾートのスパ施設を利用した際のクレジットカード支払いにもチップ記入欄が出てきて一瞬怯んだ。タオルを畳んだり、渡してくれる人へのチップが求められていたのか?
基本的にあらゆるサービス提供者にチップを払う事が前提とされている。こうなると、医療機関を訪ねた際になぜ技師や看護師にはサービス料を乗せないのかとも思う。コンビニやスーパーではチップは求められないが、デリやアイスクリーム屋にはチップ容器がある。
割引の反対で、毎回割増で料金を払うのである。物販はあれだけセールが多くて返品もOKなのに、サービスを受けると懐に響く。
地元の人のチップに対する考え方も人それぞれ
周りの地元民がどうしているかというと一律の答えはない。
裕福な家庭出身の黒人の友人は、行きつけのお店やペニンシュラホテルでも私が払う割合(18%-20%くらい)に5-10%上乗せして、より頻繁に気前よく払う。名門エール大学卒のお父さんからチップは常に弾むように、と言われ育ったそうだ。人種で下に見られることがないようにという処世術か、黒人エクゼクティブはカジュアル過ぎたり、だらけた格好をしていない。
出張が多い大手コンサル会社では、社員のために出張時のチップの目安の案内があると聞いた事がある。ビッグ4と言われる会社に勤める中産階級出身で数字に強いインド系の友人は私同様にきっちりと相場通りに払う。ヨーロッパ人の友人たちも渋めだ。
ウェイターやバーテンダー経験のある地元のアメリカ人の大卒友人は、自分が苦労していた頃を偲んで、とわりとレストランでのチップを弾む。
サービス業に従事していない、労働者階級の地元民はヨーロッパ人同様に渋い。
常に友人達にチップの額を聞いたり、観察したところ落ち着いた私の相場はこの10年、そしてコロナ禍を経てもさほど変わっていない。コロナ禍ではテイクアウトでさえチップが発生するようになり、レストラン業界のチップ相場がガクンと上がったと新聞で読んだ覚えがある。
They need it more than I do. (私よりも必要としているから)と言いながらチップを弾む大人たちがいる。その心意気で、あまりきちきちと相場を気にせずにサービスをしてくれた人に感謝の思いを渡すべきだ。わかってはいる。
チップの計算違いを挽回したこと
昔ハワイからシカゴに出張した時に、アトランタやシアトルの総領事館から来た同僚たちとシカゴピザを食べた。パイみたいなピザを食べて、同僚たちのチップをまとめて計算した。クレジットカードに記載してレストランを出る時に、心なしか、明るく感じの良い、高校生かと思うくらい若いウェイトレスが悲しそうな顔でうつむいていた。
ホテルに戻って、チップ額が計算間違えで10%程度だったことに気がついた。悪いことをした!と慌ててレストランに電話して、「今からクレジットカードに加算して!」と頼んだがそれはできない。
仕方なく、ハワイに戻ってから「計算を間違えてごめんなさい」、と担当ウェイトレスの名前で小切手を切って発送した。日本の外交官はしみったれていると思われないように、同僚の分の名誉も挽回しなくてはいけない、と多めの額を記載した。
すると後日、手書きのサンキューカードがそのウェイトレスから送られてきた。さすが人が良いことで知られる中西部。その時から私はシカゴが好きになっていたのかもしれない。
「チップ」でなくて、「心付け」、個人への支援金と思って、縁があったサービス提供者に寄付をするつもりで額を弾もう。
定期的にそう決心するが、相変わらず払い過ぎてないか、少な過ぎやしないかと支払いを終えてはヤキモキしている。大人への道のりは遠い。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?