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「戦後」と現代の戦争やテロの傷跡【元外交官のグローバルキャリア】

日本は長らく「戦後」だが、世界ではそこらじゅうで戦争や戦闘が起きている。通常戦争から非通常戦闘まで。

11月に大統領選挙を迎える米国では長い戦争(Long War)と呼ばれているアフガニスタンとの戦争も「終結」した。その前のイラクとの戦争に駆り出された今は40代や50代の退役軍人のことなど忘れ去られているかもしれない。

日本が「戦後」と呼んでいるこの時代に、同盟国の米軍は犠牲を払って国際社会の秩序を守る役割を果たしてきた。それに疲弊している米世論を察して、現米政権はアフガニスタンから撤退し、大きな部隊を送るような紛争に巻き込まれる事態を避けている。ここそこに少数精鋭の米特殊部隊が駐留している。

民主主義を守る代償として、米国が抱えるのが多くの傷痍軍人だ。退役軍人は表向きは大切にされる。退役軍人省のみならず政府予算で各種非営利団体がその人たちのが心身の治療や生活を支えている、ことになっている。

日本で私たちの安全を支えている人たちの支援はどうなっているのだろう。

PTSDや外傷性脳損傷

アメリカでは、軍の装備が発達して見えない傷を抱える人たちが増えた。外的な脳への障害や、PTSDによるメンタルヘルス、自律神経失調症だ。聴覚障害、慢性的炎症、鉛中毒や戦地での化学汚染の発癌物質で、戦闘地域に派遣された結果起こりうる後遺症は多岐に及ぶ。

2001年9月に同時多発テロがアメリカを襲い、2021年8月に米軍が撤退するまで実に20年間、アメリカからは米国を守ろうと志願した多数の若者が次から次へとテロを根絶するためにアフガニスタンに送り込まれた。ゲリラ戦で戦うタリバンは簡単に遠隔で操作できる即席爆発装置 Improvised Explosive Device (IED) で米軍を狙った。それに対抗して米軍の装甲車や軍用ヘルメットの精度はどんどん改良されていった。

初期には命を落とし、四肢を失う兵士が絶えなかったが、だんだんと頑丈な装甲車とヘルメットに守られていった。爆破されても、兵士は繰り返し脳震盪を起こし外傷性脳損傷(TBI)により脳組織が破壊されながらも、戦力としてしばらく維持できる状態を保てた。戦い続けるボクサーやアメリカンフットボールの選手が、高次脳機能障害を起こすと言う状況に似たものがあるだろう。

退役軍人への支援

退役軍人省のクライシス ホットラインという公的な窓口がある。メンタルヘルスの問題が生じた時にいつでも電話できるホットラインだ。
いざそこに電話して支援を求めても、応対者は的を得ない答えだ。予算の関係で人材不足と聞くように、リソースとしてあまり役に立たない。
退役軍人省や付随の医療機関はがいつでも退役軍人をいつでも無料で診察する。その手続きは日本の介護保険を使う以上に複雑で、使い勝手は悪い。

横須賀の米海軍基地の退役軍人調整官は、的確に米在住者向けの公的支援を示した。
自身もNYの警察官として同時多発テロの救助に携わったという人だ。同僚警察官の多くは、911後に自ら命を絶ったと言う。壮絶なPTSDやサバイバーズギルトか。

「長いこと戦争を経験していない日本では、メンタルヘルスに対する偏見やスティグマがあると聞くが」と調整官に問われた。「少しずつ変わっている。例えば外務省では、災害時の支援のトラウマに対処すべく制度がある程度作られている。」とは答えたが、世の中では被災者のメンタルヘルスが認識され始めたが、惨事対応の公務員はまだまだではないか。能登半島地震の支援に向かう際に、日航機と衝突した海保機の機長が受けた心身のダメージは計り知れない。

少数精鋭部隊のメンタルヘルスと破綻率

米陸軍特殊部隊、通称グリーンベレーを退役したばかりの友人が言うに、2019年にアフガニスタンに派遣された時、グリーンベレーの7人がその後自死を選んだ。陸軍特殊部隊は1チーム12人で構成され、一度に派遣されるのは通常1チームだ。ミッションで、7人が1チームの内の7人だとは思いたくない。聞き返すことも憚られた。

友人は下士官として最高峰まで上り詰め、隊員のメンタルヘルス促進を訴えていたそうだ。そう言う本人もPTSDで30日間の入院を経たばかりで、なんとか前進している。幸せそうだった家庭は崩壊して今は独り身だ。後述の調査によると、特殊作戦に限ると、部隊によっては離婚率が9割だそうだ。長い出征中、残され、心配する家族のトラウマも心身に支障をきたす。

やっと2020年に「オペレーター症候群」と言う名の医学論文が発表され、特殊部隊への心身への負担や被害が調査の上学術的に解明され、その治療法や予算措置を訴えている。

犠牲と政争

日本でも外務省では、人が殉死して初めて制度が作られていった。米軍の場合もたくさんの命が失われて、たくさんの人が声をあげて、連邦下院議員や連邦上院議員が地元から突き上げを受けて、次期選挙に落ちないように、と付け焼き刃で使い勝手の決して良くない制度が作られる。退役軍人は、大きく選挙資金を動かすでも大きな票田でもないが両党の支持母体の一つなので「やった感」は出したい。

戦争がない世界というのは本当によい。平和で治安も良い日本という国は本当にありがたい。

でも暴力やテロと戦っている、為政者に闘わさせられている人に対する、感謝の念がもっとあっても良いのではないか。オスプレイが訓練中に墜落した時に、その危険性を騒ぎ立てるだけでなく、同盟国である日本に駐留している米兵の一人ひとりの人生や命にも目を向けるべきではないか。

そして私たちの安全を守ってくれている日本の自衛隊員、警察官、消防士や救命隊員に海保の職員も、壊れうる一個の人間であることを理解して支援すべきではないか。

専門医連携の脳障害のマインドフルネスプログラム

米国の公的な制度には課題がたくさんあるが、民間組織や他の医療機関との連携に尽力している。
春に渡米し、米国の大学病院での3週間のプログラムの結果を聞きに行った。脳外科、脳神経科、精神科、心療内科等が連携し、理学療法、行動療法と共に、アートセラピー、音楽、馬セラピーを通じてマインドフルネスをベースにした治療をしている。

米国の予算手当も仕組みも充分とは言い難いが、その取組には日本が見習うべきところは大きい。

平和と民主主義のために戦った人たちに敬意を表したい。

11月11日の退役軍人の日(Veterans Day) は大統領選挙の一週間後だが、米国もはや「戦後」だろう。

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