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アトツギ発イノベーションの3つの方向性

日本は企業も高齢社会

世界一のご長寿国家な日本は、国民の寿命だけではなく、企業の寿命も長い。日経BPコンサルティング・周年事業ラボによると、創業年数が100年以上、200年以上の企業数で日本は世界一だ。しかも、他国の追随を許さないほど、ダントツのトップだ。調査が行われた2020年時点で、創業100年以上の企業数は、日本が33,076社で全体の41.3%を占める。第2位の米国で19,497社、第3位のスウェーデンで13,997社だ。創業200年以上になると、差は一層広がる。日本の1340社で65%を占める。第2位の米国で239社、第3位のドイツで201社だ。第2位との間に6倍近い開きがある。
企業の寿命が長いということは、経営者も代替わりを重ねていくということだ。日本企業のほとんどを占める中小企業では、人材獲得の問題から経営を任せることができる資質を持った人材を外部から調達したり、内部の人材を育成することが難しい。そのため、どうしても世襲に頼らざるを得ない企業が多い。
親や祖父母、先祖代々続いた家業を引き継いで、どのように事業を継続させるのかは後継ぎ経営者にとって課題だ。うまく引継ぎができている企業もあれば、うまくいかずに廃業してしまうこともある。そのような後継ぎ経営者を見ていると、成功している企業に3つのパターンがあるように思われる。

パターン1:既存事業の発展延長

最も多いパターンは、先代の事業から大きく変えずに、時代の変化に合わせてマイナーチェンジをしているパターンだ。例えば、旅館や飲食店へ精肉の卸問屋を営んでいるとき、BtoBの精肉問屋という事業形態を変えることはしない。受発注システムのIT化や、卸先の要望に応じて仕入れ先を変えるなど、事業環境の変化に応じて業務プロセスの効率化といった手を加えたりもするが、ビジネスモデルは大きく変わらない。イノベーションとしては、大きなものではなく、従来技術の延長線上という漸進的イノベーションに分類される。
代表例は、宮崎に本社を置くハンズマンだろう。ハンズマンは九州を中心に展開しているホームセンターで、大薗誠司社長の代で大きく成長した。「ハンズマンに行けば楽しい、面白い」という価値を生むために、店舗スタッフが顧客の要望に向き合い、メーカーと協力して商品を仕入れ、工夫を凝らして陳列する「ハンズマン流」で成功した。
このパターンは事業環境の変化スピードが遅い業界で、安定して長期的な関係を築けている顧客がいる場合で成功しやすい特徴がある。行政から公共事業の受託を主な事業としている建設業や、大企業の下請け会社もこのパターンが多い。顧客が決まっているので、その要望に確実に応じることで事業が成り立っている。しかし、このパターンの場合、安定していると思っていた顧客が事業モデルを大きく転換したり、事業破綻をしたりするなどの変化に弱い。つい先日も、ホンダの内燃機関の全廃という方針によって、下請け企業は大きな決断を強いられることになった。

パターン2:オンリーワン中小企業化

2つ目のパターンは、それまでの事業を継続させながら、他社には真似できない中小企業ならではの独自の競争優位を確立する。例えば、2010年に全国的なブームとなった「塩こうじ」は、大分県佐伯市にある江戸時代から続く塩糀屋「糀屋本店」が火付け役となった。糀屋本店は、家族経営の地元に密着した小規模事業者だ。
糀(麹)屋は、都内にも麹町という地名があるように、かつては全国津々浦々、どこにでもあるビジネスだった。冷蔵技術が発展するまでは、味噌や醤油は家庭で作るもので、糀屋から麹を買っていたためだ。慣用句の手前味噌はその時代の名残だ。しかし、味噌や醤油を店舗で買うようになり、糀屋というビジネスはほとんどなくなってしまった。
糀屋本店も、時代の流れから廃業を考えたこともあったが、江戸時代から続く家業を続けたいという思いから醸造技術について学び直し、「塩こうじ」という新しい調味料を世に送り出した。
塩こうじは、今やスーパーでも気軽に買うことができて、数百円で買うことができる。しかし、糀屋本店の塩こうじは200グラムで1,000円以上する高級品だ。
大分県別府市にある印刷会社のエイコー印刷も、後継ぎによって、オンリーワンの商品を生み出している。エイコー印刷は従来の印刷業と並行して、抗ウイルス・抗菌シール「HINODERIX」を開発して販売している。コロナ禍によって、現代社会はウイルスによるパンデミックに弱いという欠点があらわになっている。そこで、よく人が触るドアノブやエスカレーターの手すり、ATMのタッチパネルなどの共有部分の抗ウイルス・抗菌シールとして開発され、感染症対策の一助となる。
これらの中小企業から生み出された新製品は、既存ビジネスの発展延長線上にありながら、新しい価値を付与することで持続可能な発展を果たしている。これは、既存技術の新結合によってイノベーションが生み出されるというシュンペーターの理論に近しい。このようにして生み出された製品は、高付加価値が評価されることで、利益率の高いオンリーワンとなることが多い。
今治タオルの中でも、ひときわ高い評価を得ているIKEUCHI ORGANICの「風で織るタオル」もこのパターンに含まれる。今治タオルはバブル崩壊以降、急速な需要減少のために産業自体が無くなるのではないかと危惧されるほど追い詰められていた。同社も倒産寸前まで追い詰められていたが、世界で最も環境にやさしい高級タオルとして再ブランド化したことで会社を立て直し、世界の「IKEUCHI ORGANIC」としてタオル産業でオンリーワンの価値を提供している。
このパターンのイノベーションは、日本以外ではイタリアでよく見られる。ワインや楽器、家具のように、中小企業の職人技と最新テクノロジーを掛け合わせることで、唯一無二の製品を生み出す。後継ぎ企業ではないが、高級ピアノのFAZIOLI社が、伝統的な職人技と最新テクノロジーで中小企業からイノベーションを生み出している例としてあげられる。従業員50名しかいないピアノメーカーだが、その評価は世界最高峰だ。

パターン3:既存事業決別型

3つ目のパターンは、後継ぎによってビジネスモデルそのものを大きく変化させているケースだ。このパターンが前の2つと大きく異なるのは、ビジネスモデルを変えるときに、従業員も大きく変えていることが多いということだ。ビジネスモデルを変えるということは、組織の中で求められる従業員の要件やスキルも変わるということだ。加えて、既存ビジネスを否定することになるため、従業員からも裏切られたという思いを抱く。そのため、変化のために大量の離職者を出すことも珍しくない。
大阪のDIY工具のネット通販で大きく成長している株式会社大都が、このケースだ。同社はもともと、ホームセンターに工具を卸す問屋業を営んでいたが、そのビジネスモデルから利益率の低さが問題だった。会社を立て直すにはビジネスモデルを根本から変えないといけないが、それには既存社員のスキルや経験と大きな乖離があった。しかし、会社の持続可能な発展を考えるのであれば、卸業からネット通販への切り替えが不可欠だと決断を下した。結果として、同社は大きく売り上げを伸ばし、事業を成長させることに成功した。
同じように、神奈川県鶴巻温泉にある陣屋も、事業を立て直すためにビジネスモデルを大きく見直した。IT技術を活用し、事業の効率化とサービス品質の向上を実現させ、顧客単価も倍以上とした。その変化に対応することができず、既存社員からは多くの離職者を出すこともあった。しかし、ビジネスモデルを改革したことで、倒産間際にまで追い詰められていた事業は回復し、成長を遂げることができた。今では宿泊業だけにとどまらず、同社のIT化で得たノウハウを活かして、「陣屋コネクト」という旅館・ホテル向けクラウド管理システムを開発・販売するIT事業も展開している。
ビジネスモデルを大きく転換しながらも、既存社員の大量退職が出ていないケースもある。このときは、既存事業を続けながら、新しい事業をスピンアウトとして初めて、新しい事業の成長と共に基幹事業の世代交代をしている。大分県津久見市に本社を置くお菓子つくりのECサイトを運営するcottaがこのケースだ。大都や陣屋の例では、既存事業のビジネスモデルでは限界を迎えていたため、ビジネスモデルの変革のために既存事業を併用することができなかった。しかし、既存事業が厳しい状況にあるのでなければ、後継ぎ発の新規事業として立ち上げることでビジネスモデルの転換を移行させているケースもある。ただし、似た取り組みをしているが、全く異なる結果を生むこともある。既存事業の経営もしつつ、片手間で新規事業を後継ぎに始めるように促すと既存事業のマネジメントで手一杯となってしまい、新規事業がいつまでたっても生まれない事態に陥ることも多い。

後継ぎ経営の先進国となるポテンシャルを秘める

企業の寿命が長いということは、日本企業は事業継続させるという点で世界でも最先端の経営ノウハウを蓄積している可能性がある。現在は、そのノウハウが暗黙知となっているが、しっかりと分析していくことで、ある程度の汎用性を持たせた理論化することもできるだろう。そうすると、日本は後継ぎによる会社経営の面で、世界最先端の国となることもできるだろう。
後継ぎ人材によるイノベーションは、日本経済にとっても新しい成功パターンとして期待できる。

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