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地方都市の在り方をアップデートする。イノベーターの人材育成モデル 中編その③:第2ステージ 水資源と地方創生

第2ステージ:水資源の再活用
蛇口をひねれば、いつでも清潔で安全な水が出てくる。日本では当たり前のことだが、世界的に見れば、まだまだ解決できていない社会課題であり、日本であっても震災などの災害時には死活問題となるのが水資源だ。水資源をめぐる世界情勢は緊迫している。世界に最も大きな衝撃を与えたのは2009年のマダガスカル・クーデターだろう。クーデターの切っ掛けとなったのは、当時のマダガスカル政府が、2008年11月、韓国の大宇グループにマダガスカルの全農地の過半となる130万ヘクタールを99年間無償で貸与するという協定を結んだことだった。協定はクーデター後に破棄されたが、水資源が豊富なマダガスカルが狙われたニュースには世界に激震が走った。
日本でも、昨年の台風による被害で被災地の水不足は深刻な問題となった。社会インフラがダメージを受け、水や電気といったライフラインの供給が止まった地域が出た。このような社会情勢を受け、大分県内の水資源について、見つめ直した2つのグループが第2ステージに含まれる。それでは、早速、第2ステージで発表された内容を見ていこう。

【グループ④】飽き飽きした温泉をワクワクしたものに
「おんせん県」と銘打っているだけあり、大分の水資源と言って温泉を外すことはできないだろう。別府温泉は日本一の湯量を誇り、湯布院温泉には日本中から観光客が訪れる。温泉は立派な観光資源であり、道端で当たり前のように湧き出る温泉や湯けむりのある風景は地元の生活に温泉が根差しているかのように思える。
しかし、地元の人、特に若者にとって、温泉は身近にあり過ぎてしまい、改めて浸かりにいくことはほとんどない。京都の人が寺社仏閣に行かないように、大分の人は温泉に行かない。家計における温泉・銭湯入浴料の支出額ランキングにおいて、大分県の人は31位であり、47都道府県平均よりも大きく下回る。
このような大分の現状に対して、「もう温泉なんて飽き飽きしているよ」という若者の意識を変えたいと集まったのがグループ4である。リーダーは、高校2年生の女の子であり、そこに高校生1名、大学生2名、社会人2名が加わり、「飽き飽きした温泉をワクワクしたものにするにはどのようにすべきか」アイデアが出された。リーダーの女子高生は、「若者に温泉をもっと楽しんで欲しい」と強い思いを持ち、別府市主催の夢を語るコンテストで日本航空の会長から賞を獲得し、「JK(地元高校生)温泉甲子園」を主催するなど、国民の祝日「湯の日」制定を目指して精力的に活動している。

グループ4のプロジェクトは、「温泉の定義を変え、温泉を楽しんでいるのと同じ感動を若者に味わってもらうための場を作ること」だ。「もはや温泉は入るものではない。自ら沸かせるものだ。メンバー自身が温泉になろう。」という発想がブレークスルーとなって、アイデアが出されている。具体的には、温泉での体験を「飽き飽きした日常から脱却し、安心や安全を感じることのできる環境でワクワクできる体験ができること」と定義し、そこから「変わらない日常の「飽き」と地域の空洞化が進む「空き(家やスペース)」に「沸き」あがるアイデアと実行力で新しい「枠」組みを作っていこう」という基本コンセプトが作られた。
例えば、数十年前は非日常の場として家族連れで楽しむ遊戯場であった百貨店の屋上は、今やだれも訪れない「空きスペース」となっている。そこに高校生が集まり、部活やサークルのノリでワクワクできる空間に仕立てていく。屋上では、youtuberの撮影ができたり、Instagramでお気に入りをアップできたりするギミックを多数用意する。若者が自由に集まって、自由に自己表現ができる交流の場を作ることがプレゼンテーションで語られた。

解説と講評:最もこだわりの強いモノを捨てる力
グループ4の発表で特筆して面白いところが2つある。
1つは、中間発表の内容と最終発表会の内容が全く異なるところだ。中間発表では、温泉をワクワクしたものにするために、若い女性向けの美容に特化した、温泉美容横丁を駅前商店街に作りたいというものであった。しかし、最終回で出てきたのは、「温泉のように若者が集まって自由に思い思いの過ごし方を楽しめる場所を作ること。そこで集まった若者がワクワクを共有することで、ひとりひとりが温泉のように温かくて熱い想いを持つことができるような場にしていくこと」という、温泉の定義を変え、コミュニティの場作りへと変容した。
もう1つは、「温泉」をテーマに据えていながら、最終的には「湯に浸かる温泉」という、一見して最も重要だと思われる概念を捨てる決断をしたところだ。斬新な発想をするとき、固定概念から脱却するために、当初のアイデアから最も重要だと考えられる要素をわざと捨てるというテクニックを用いることがある。例えば、新しい大学新卒採用を考えようとしたとき、敢えて「母集団形成」や「会社説明会」、「エントリーシート」といった、これまで誰も疑いもしない当たり前と捉えられてきた要素を捨てるところから発想する。この手法は、非常に心理的抵抗感も大きく、難易度が高い。しかし、その発想を、国民の祝日「湯の日」制定を夢見て活動している女子高生が決断を下している。
過剰なこだわりは、時として判断を狂わせる。高度経済成長期の成功体験に引きずられて、多くの日本企業はビジネス機会を逃し、競争力を失してきた。そこで、重要視されてきたのが、問題解決のために判断を鈍らせる、こだわりや成功体験のアンラーニングだ。多くの大企業のトップエリートができなかったアンラーニングを、高校生と大学生の10代の若者4名が中心メンバーのグループでできたことの意義は大きい。

【グループ➄】大分と水の新たなビジョン
グループ5は、社会人4名と大学生2名で構成され、誰か1人が強いリーダーシップを発揮して率いていくのではなく、各メンバーが得意分野で専門性を発揮し、プロジェクトを進めていくという分散型のリーダーシップ(Sheard leadership)がユニークなグループだ。プロジェクトのベースとなる青写真を大学生のメンバーが作り、プロジェクトの進捗管理を地元メーカーのメンバーが線表を切り、実際に集まって議論やメンバー間の調整を地銀から参加しているメンバーが取り仕切るなど、各メンバーの強みが上手くかみ合っていた。
グループ5の発表内容は、大分県を名水の地として新たなブランドを作り、地場産業を強めるためのビジョンを打ち出すことだ。
温泉以外にも、大分県は水資源が豊富であり、多様な水資源の活用がなされてきた。あまり知られていないが、大分県の主な産業は温泉を中心とした観光業ではなく、水資源を活用した製造業のほうが大規模となっている。特に、町工場ではなく、大企業の生産拠点が数多くある。例えば、大量の水を必要とする半導体製造工場や精密機器を製造するキヤノンの大分工場、日本製鉄の大分鉄工所、ダイハツの大分工場などがある。
飲料用途でも、大分の水資源は付加価値の高さが評価されている。高級ミネラルウォーターの「日田天領水」をはじめ、大分麦焼酎は全国的にも評価が高い。また、九州というと焼酎のイメージが強く、現代では印象が薄れてしまったが、大分県は歴史的には日本酒の名産地である。その歴史は古く、日本酒作りは1468年には始められ、豊後国の麻地酒は室町時代から江戸時代にかけて銘酒として知られている。その名は、小瀬 甫庵の著した『太閤記』や江戸幕府の献上品の中に認められる。
同様に、江戸時代から天下の漁場として知られる豊後水道で取れた魚介類も大分の優れた水によって育まれている。狭い海峡の早い潮の流れと、ユネスコエコパークにも指定された豊かな山林から海に豊富な栄養素が流れ出ることで、筋肉質で身が引き締まりながらも脂ののったアジやサバ、鯛などの海の幸を楽しむことができる。
このように、大分県は温泉だけではなく、工業用、食用、農水産業用と第1次産業から第3次産業にわたって優れた水を供給している。
グループ5のプロジェクトは、このように優れた大分の水資源を包括する新たなビジョンを打ち出している。「大分=名水」というイメージのPRをすることで、大分県の既存産業の競争力と付加価値を底上げし、大分県全体の経済を良くしようと言う試みだ。
また、このプロジェクトでは、SDGsで設定されている「安全な水とトイレを世界中に」「産業と技術革新の基盤をつくろう」という2つのゴールへの貢献を軸に据え、既存産業の底上げだけではなく、未来に向けた取り組みにも力を注ぐべきだと提言している。
具体的には、自動運転や電気自動車、コネクテッドカーにおいて欠かすことができない半導体技術の集積地となるべく、自動車関連半導体産業向けに企業向けブランドを打ち出すことで、水資源による産業と技術革新の基盤構築をはかる。
そのほかにも、防災県おおいた構想として、大分県を災害時の巨大な水源として利活用するビジョンを提示している。特に、大分県は内閣府が実施した南海トラフ地震の被害・津波被害等が、比較的低い地域であるとシミュレーションされており、防災用水配送ネットワークを構築することで、被災地への飲料水や入浴用温泉の迅速かつ大量輸送を見込むことができる。
このような多様な大分県の水資源の可能性を開拓するため、グループ5はコンソーシアム(共同事業体)を作り、行政や企業へ働きかけ、地元大学や企業と協力してエビデンスとなる科学的検証や提言を行っていく。

解説と講評:イノベーションは既存の地場産業を置き去りにするものではない
地方都市のイノベーションを目的とした時、既存の地場産業との距離の取り方が1つの課題としてある。地場産業とバッティングし、事業が成功した結果として地場産業を潰すようなものは言語道断であり、反対に、まったく違う産業領域で事業展開をすると周囲からの援助と支援を受けることが難しい。また、温泉に対して湯治ビジネスを展開しようなどのシナジー効果が見込めそうなものであっても、地場産業との関連領域で新たな事業をしようとして余所者が勝手なことを始めたと反発されることも少なくない。かといって、地場産業の中に深く組み込まれてしまうと、冒険的な挑戦は物事がわかっていないやつだと早々に潰されてしまう。
距離の取り方が難しい地場産業だが、コンセプトワークや科学的な検証を請け負うコンソーシアムとして展開することで、適切な距離感を保ちながら、地場産業の活性化を望むことができるのではなかろうか。グループ5の発表は、民間主導のコンソーシアムを立ち上げることで、既存の産業を否定することなく、革新的な方向へ舵を切るための新しいアプローチを提案している。

小括
第2ステージの発表は、第1ステージのように全く新しい何かを生み出そうという試みではなく、既存の産業をアップデートするためのビジョンや新たな方向性を提示している点でユニークだ。グループ4では、若者に温泉を楽しんでもらうために、敢えて温泉を捨て、温泉で得ることができる体験を別の手法で提供するという独自の観点からアイデアが出された。その結果、百貨店の今は使っていない屋上スペースや空き家などを活用し、若者が集まって、好きなことをしても良いという心理的安全性を得ながら、ワクワクすることに挑戦できる場の提供を目指している。また、グループ5は、「大分=名水」という新しいビジョンを提示し、大分県全体の産業の付加価値を高め、未来に向けた新産業創造への筋道を提示するものだ。
どちらのチームもビジョン先行型であり、具体的な施策というよりはコンセプトワークに近いものであった。しかい、その分、地場企業とのコラボレーションの余地も大きい。多様な企業とコラボレーションすることで、大分県内の産業全体に一体感が生まれ、相乗効果が期待できるものとなっている。

続いての第3ステージは、地方都市の抱える社会課題の解決をテーマとした、2グループによる発表を見ていきたい。

(その④に続く)

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