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戦闘服からヘッドセットへ 15 ~奇異な二つの事件~          


 それは、嫌な冬の夜だった。
 岩見沢市は北海道の中でも積雪量が他の比ではない多さで、玄関のドアを開けられないほどに積もっている映像がニュースに流れる事もあった。
 その日も、例年以上だと住民たちは口にし、家から出ずに過ごしていた。

「おい、お前。ここで俺に逆らったらどうなるか解ってるよな」
 岩見沢駅の近くにあるその居酒屋では、他に客がいないようで大きな声で話しても周りへの迷惑はないからか、男たちは大声で盛り上がっていた。
「先輩、こいつ飲めないんです。いつも我慢して飲んでたんで、今日は体調が悪いみたいだから勘弁してやって下さい」
「うるせぇ!黙ってろ。おい、お前俺の酒が飲めないなら土下座しろよ」
「先輩、許してやって下さい」
 許しを請われた横柄な男は、立ち上がってその後輩を上から見下ろした。
そして、馬鹿にしたような表情で言った。
「お前、さっきから何なんだよ。なら、変わりにお前が土下座するか?」
「いや、そんな・・・」
 ドン!
 隅の方で黙って聞いていた参加者の中でも若いその青年は、堪忍袋の緒が切れたようだった。鋭い目を虚ろにさせ、テーブルを叩いたかと思うと、横柄な態度の男へ向かい殴りかかっていた。
 リリリリリリ。
「ぷはっ!」
 上杉はスマホのアラーム音と同時に夢から覚めた。
 鼓動がまだおさまらないようで、心臓の音がすぐ耳元で鳴っているかのようだった。
 額に触れると汗が溢れ、背中にも汗が滲んでいた。
「くそ、嫌な夢だな・・・。思い出したくもない」



 大通り公園は、もうほとんど雪が解けていた。
 公園内に在るさっぽろテレビ塔の前には、国内外の観光客が写真を撮りながら楽しそうに賑わっていた。
「三平、春だな」
「いや、本当だね。15℃だよ。あったかいなぁ」
 二人は、テレビ塔の側にある囲いに腰を下ろし、昼休憩をまったりと過ごしていた。
「昼はラーメンにして良かったね」
「いや、お前、ラーメンだけじゃなくて餃子に油淋鶏とライス食べてたよな」
「あ、そうだね」
 上杉は空を見上げ、足を組みなおした。
「先月までマイナス気温だったとは思えないよな。俺さ、春になると毎年思うんだよ。この寒暖差って、貧乏生活から宝くじが当って懐が温かくなったのと同じだなって」
「・・・。ちょっと何言ってるのかわかんない」
「なんでわかんないんだよ。めっちゃ的確だろ!」
「いや、ぜんぜん違うよ」
「もう、いいよっ」

「ああ、そんな事よりさ、僕まだ納得いってないんだよね」
「何が?」
 三平は言いづらそうな顔をしたが、意を決したように話し出した。
「熊さんの噂だよ。自衛官を辞めた理由が暴力事件だってやつ」
 上杉の表情が少し曇った。
「ああ、あれな」
「なんか、本当っぽい感じがするし。だからって本人に聞けないし・・・」
「そんなに真実が知りたいのか?」
「いや、・・・まぁ、知りたいかな」
「噂なんて、噂以上の何物でもないんだから、真実は本人に聞くしか、わかんないだろ」
 陽気な空気に誘われてか、公園にはまだよちよち歩きの子どもを連れた女性も多かった。二人は、気まずい空気を払拭する事なく昼休憩の終わりが近くなったため、急いで職場へもどる事にした。


「あ、上杉さん。昼休憩?俺、これから煙草行くんだ。行かない?」
「おお、俺も行くところだった」
 ロッカーへもどると、すぐに新藤から声をかけられた。新藤はいつの間にか、上杉にため口を使うようになっていた。
 二人が喫煙所へ入ると、若い男女のコミュニケーター三人が談笑をして盛り上がっていた。
「マジで?それってあのおじさんでしょ?」
「そうそう、あの熊みたいなでかい。暴力おこして自衛隊辞めるとか、今の時代にやばいよね。裁判が終わってないんだっけ?」
 上杉と新藤はその声を聞いて、そちらを睨みつけた。
「ちょ、やばい」
 三人は、その場から逃げるかのようにそそくさと出て行った。
 話の余韻を感じるかのように、二人は黙って煙草を吸っていた。
「やばいね、あの人たち。多分最近デビューした新人メンバーっぽい」
「そんな感じだったな」
「・・・古参が知ってる程度の噂だったのが、あの辺りまで広まると。そろそろ真実を確認した方が良いかも」

 そこへ、佐々木が入って来た。
「おう、お前らいたのか」
 二人は驚いたが、すぐにいつも通りの振る舞いをした。
「ああ。今、来たんだ」
 新藤が目配せをすると、上杉は軽く頷いた。
「熊さん、噂は聞いてるか?」
「噂?」
「あ、いや。実は嘘くさい佐々木さんの噂が流れてて。このままだと、嘘が本当になってしまいそうで心配だったんです」
 佐々木は鼻で笑った。
「ああ、さっき三平が言ってたやつか?」
「え?三平さん聞いちゃったんですか?」
 上杉は舌打ちをし、苦い顔をしながら煙草を口にした。
「あいつ、聞けとは言ったけど。ちゃんと相談してからにしろよ」
「お前らもか?・・・あれ、本当だよ」
「え?」
 二人は佐々木の方を凝視した。
 すると、喫煙所のドアが音を立てて開き、三平が慌てた様子で現れ、大声で言い放った。
「やばいよ、二人とも!熊さんやっぱり暴力事件に関与してたって」
「馬鹿、お前小さな声で言えよ!」
 上杉は三平の首を右腕で抱え、そのままプロレスをするかのように締めた。
「ちょ、ギブギブー!」



 三平は膨れた顔に口を尖らせて、目の前に置かれたビールを睨みつけていた。
「まぁ、とりあえず。かんぱぁい!」
 4人は、たまたまシフトが同じだったため、居酒屋に集合する事となった。
「あぁ、ビール上手い!」
「待ってくださいよ、熊さん。意地が悪いです。僕に嘘をついて放置するなんて」
 三平以外の3人は爆笑していた。
「笑えないよ!人が真剣に、聞いたのに。怖い顔して言うんだよ『お前、それ誰に聞いた?いいか、誰にも言うなよ』ってさぁ」
「いや、信じるのが早すぎるよ。佐々木さんのブラックジョークは今までも聞いてきたでしょ」
 上杉は、笑っていたが真剣な表情に変わって、言った。
「でも熊さん。あながち、全部が嘘な訳じゃないんだろ」
「ん?・・・ああ、そうだな」
 佐々木は気だるそうな顔をしたが、ビールを一気に飲み干し、ゆっくりと話し出した。
「殴ったよ。でも、俺じゃなかったんだ。俺の大事にしていた部下が、した事だった。たまたま、俺のいない時に起こったんだ。守ってやれなかった。・・・やつは正義感が強くてな、確かに殴られても仕方ないような相手だったが。その部下は、もうここには居られないって辞めたんだ。頭も切れるし、能力も高かったから本当にもったいなかった」
「もしかして、それで後輩のために一緒に辞めたんですか?」
「いや、それは違う。俺が辞めた理由は・・・」
「へ?」
「え?熊さん、もう1回言って」
「俺が、辞めた理由は、今の職場で働きたかったからだ」
 佐々木の方に皆の目線が集まり、一体どうしてかと問いかけるような空気が広がった。
「そんな事ってある?」
「コールセンターの契約社員になりたかったの?」
「おう、当然。この携帯会社のコールセンターが良かったんだ」
 佐々木は、何が疑問なんだ、とでも言うようにはっきりと言い切った。
「まぁ。話せば離婚の話もしなくちゃいけないんだよ」
「離婚?!佐々木さんバツイチなんですか?」
「おいおい、もう半年たつのに知らない話ばっかりだぞ」

「まぁ、しがない話だ。今日はゆっくり話してやるよ」
 佐々木は、酒がまわってきたのか頬は赤く染まり、三人を見てにやりと笑うと、串焼きを美味そうに頬張っていた。

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