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戦闘服からヘッドセットへ 10 ~叶わない恋~

🐰年末年始と間が空いてしまったので、前回までの内容をまとめたものから載せます🐰

 ~前回まで~
 上杉虎と佐々木武は、20チームでアウトサイダー熊虎コンビながらも奮闘していた。
坂口莉里SV、横尾と新藤のASVはそんな二人を支え、チームのメンバー19人となんとか楽しくチームを盛り上げてきた。
 虎のドラック情報も、何て事ない噂だった事が分かり安心して飲み会を楽しむ中、新たな噂が浮上。
 それが、熊さんの自衛隊を辞めた事情だった。部下をボコボコに殴った事で、裁判の訴訟中だと言う。
 真実は、一体どうなっているのか。
 
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 14階の社員食堂は、ビルの新しさと同じく、カフェのようにテーブルや椅子もシンプルな中にもお洒落さが際立っていた。
 上杉らは、ここで寛ぎながらランチ定食を食べる事が多かった。
 別フロアに常駐するクライアントの社員も来るので、大声でおかしな話は出来ないが。その日は、珍しく静かな時間が流れていた。

「おい、三平。あんまり後ろ見るなよ、気づかれるだろ。新藤さんも見過ぎだぞ!」
 上杉を含めた男3人は、そちらを見たくて堪らないようで、欲望を抑えられずにいた。
「はぁ、やっぱり立花実久ちゃん可愛いな」
 三平はそう言うと、やっと向かえの上杉の方に顔を向き直した。
「確かに、トップ3のうち可愛いのは立花さんかな。綺麗でスタイルも良いのは如月紗里だけど」
 新藤はそう言うと蕎麦をすすった。

「まぁ、俺は変わらずさかぐっちゃん推しだけどな」
「変わらないねぇ、男として見てもらえてないのに」
「うるせーな三平。お前、この前の飲み会から本性を出してきたな」
 新藤はすすった蕎麦を軽く食すと、すぐに飲み込んだ。
「あ、チームの何人かで飲んだって坂口さんに聞きました。楽しかったですか?」
「おう、今度はもっと大勢で行く約束してたんだ。新藤さんもline繋がって良いか」
「もちろん」
二人はスマホを出しLINEを交換していると、横尾が現れた。
「あ、新藤もいたんだ」
「おう、横尾も座れよ」
 仲の良い二人は、一緒にいる事も多かった。
「横尾さん、今日は実久ちゃんがあっちにいるから、みんなテンション上がるねって話をしてたんです」
「え?ああ、あの子ですか。人気ありますよね」
「おう、横尾はトップ3の誰が好みだ?」
 横尾は笑って手を振った。
「いやいや、僕は彼女がいるから。彼女は三人の誰にも似てないですし」
「いるのか!確かに横尾はもてそうだな。どこで知り合ったんだよ」
「なんの仕事してるんですか?」
 二人から矢継ぎ早に質問をされ、横尾はすぐに返事を返せず、戸惑っていた。
「俺、スマホの画像で見たけど、ほんわかした感じのよさそうな子でしたよ。22歳だっけ?朝ドラの頃の有村架純って感じ」
「おい新藤、勝手な事を言うなよ。そんな可愛くないですよ、信じないで下さい」
 横尾はそう言うとカレーを口にした。
「おう、有村架純似か。・・・ありむらかすみだぁ?!」
「上杉さん、うるさいから」
 新藤は立ち上がりそうになる上杉を左手で抑え、右手の人差し指を自身の口元に当てて静かにと伝えた。
「横尾さん、僕は羨ましいなんて思ってませんよ」
 三平も嫉妬しているようだった。 
 そこへ、いつものようにオシャレに余念のない黒田がパンと缶コーヒーを持って現れた。
「あ、みんないたんだ。一緒に食べて良い?他にチームの人がいなくて」
「ああ、もちろん。座れよ」
 黒田は席に座ると、大きくため息をついた。
「黒田君。後ろに立花実久がいますよ」
 三平がそう言うと、黒田は一瞥したかと思うと表情を変えずに言った。
「ああ、あの子ね。ああいう系は好みじゃないんだ。子どもみたいだし、笑顔が嘘くさい」
 黒田は、自分についての周りからの評価に、気づく事は出来ないようだったが、他者について分析する能力は長けているようだった。
「なんか元気ないですね」
「いや、紗里とさぁ。色々あって」
「え?紗里?」
 新藤は驚きながら問いただした。
「紗里って、チーム17の如月紗里ASVじゃないですよね?」
 皆、まさかと思い黒田の次のセリフを待った。 
「ああ、そうですよ」
 驚きの表情で、皆は黒田を見入った。
「色々あったって、なんですか」
 三平が、そう質問を投げかけると、上杉は、前のめりになって問い詰めた。
「如月さんと仲が良いのか?あの、ショートが似合って美人でスタイルが良い!」
「あれ、言ってなかったけ?俺、前の職場で同期だったから仲が良いんですよ」
 男たちから、急に安堵の表情が広がった。
「なんだ、びっくりした」
 さすがの横尾も心の声が漏れていた。
「なぁんだよ!にしても、コールセンターの繋がりって多いんだな」
「みんな、辞めたらけっこう他のコールセンターに行く事は多いですよ」
 黒田は饒舌に話を続けた。
「ほら、最初の研修で瑠美ちゃんと喧嘩すること多かった男の子いたの覚えてるかな?」
「ああ、いたな」
「高木優弥て言う奴で。うちのチームのメンバーとは研修同期だけど、電話部署じゃなくチャット部署に入社なんだ。だから、フロアが違って、会う事はないんだけど。優弥も前の職場で同期で。紗里と優弥はそこで付き合ったんですよ」
 メンバーは、急に新しい刺激的な情報が入って来ることに興奮しながらも、次のセリフを待った。
「それが、紗里が優弥と別れたいって言い出しちゃって。優弥から、すぐに連絡が来て、別れたくないから紗里を説得するよう頼まれたんですよ」
「紗里ちゃんが高木君の彼女だったなんて・・・」
「おう、優弥って遅刻が多くて、そろそろクビになりそうな奴だろ?さかぐっちゃんがチャットのリーダーに相談されて困ってたよ」
「ああ、やっぱり。恋愛が上手くいかないとすぐそうなんですよ。でも、俺もそれどころじゃないんすよ。・・・そろそろ、瑠美ちゃんに告って良い時期だと思って、動いてたんで」

 一斉に黒田の方に皆の視線は集まった。
「お前、瑠美に告る気か?」
「はい・・・・、てか、もう告ったんです」
「ええええ!」
 メンバーの声が社食に響き渡った。
「いくらなんでも、早くね?」
 新藤は立場も関係なくタメ口でそう言っていた。
「そ、それで結果は?」
 三平がたまらず聞いたため、メンバーは目くばせしながら答えを待った。
「・・・・コーヒー飲んで良いかな?」
 黒田は買っていた缶コーヒーを開け、グビグビと飲みほし、音を立ててテーブルに置いた。
「・・・いやぁ、瑠美ちゃんはさ。照れ屋だから。照れちゃって、すぐに『嫌だ』って言われて」
 三平は頭をかしげながら言った。
「瑠美さんて照れ屋かな?」
「三平は黙ってろ」
 皆、複雑な気持ちになり、少しずつ下を向き始めた。
「だから、もう少し考えてみたらって言って。返事の期限を延ばして、待つ事にした」
「え?嫌だって言ったのに?」
 そう言う三平の頭を、上杉が黙って小突いた。
「・・・・」
 黒田はよく見ると、言っている言葉とは裏腹に不安そうな表情をしていた。目から涙が流れないよう、必死に瞬きをしているようにも見える。
「返事がさ、今日なんだよね。相手は休みだから。今頃、起き出してゆっくりしてる頃かな?」
「え!今日?!・・・そう・・か」
 なんとも言えない、重い空気が流れていた。
「あ、もう行かないとですよ。ASVは遅れたらやばいでしょ」
 三平がそう言うと上杉が立ち上がった。
「健闘を祈るよ」
 その一声が号令であるかのように、皆はそれぞれに食べ終えた食器のお盆を手にし、黒田の肩を叩いて食器を下げに向かった。
 黒田は、皆に肩を叩かれるたびに軽く頭を下げていた。
「あ、LINEきた」
 黒田にLINEが来たようだった。通知から見える内容を急いで確認していた。
 すると、少し上を見上げ、目を強くつぶると下を向き、声を押し殺して涙を流した。
 どうやら、瑠美からの返事を見たようだった。
 そのリアクションだけでは、どちらなのか確実な判断はつかなかったが。皆、なんとなく良い返事では無い事を予感した。
 食器を下げると、誰が言うでもなく黒田の元へ戻ろうとするメンバーがいた。
「いや、一人にした方が良いんじゃないか」
 新藤がそう言うと、皆の目に黒田がうつ伏せになって泣いている姿が見えた。
「ASVは遅れるとやばいから、行った方が良いだろ。俺は遅れても周りにそこまで迷惑がかかる存在じゃない、側にいるわ」
 上杉がそう言ったので、他のメンバーは15階へ戻る事にした。
 
 上杉は黒田の横の席へ座ると、いつものように大股のままで、ポケットに両手をつっこんだまま、黙って何を言う訳でもなかった。
 そこへ、長時間のお客対応によってお昼の時間が遅くなってしまった佐々木が、鍋焼きうどんを手にして威圧感のある堂々とした姿でこちらへやって来た。
 暗い空気を漂わせた二人の前で佐々木は立ち止り、黙って見ていた。
「おう、熊さん。長時間対応だったな、お疲れっす」
 上杉はそう言うと左手を上げたが、黒田の方に目をやった。
 佐々木はゆっくりと言った。
「ああ、とんでもない客だったよ。誰かに愚痴ろうかと思ったが。そいつ、それどころじゃないんだろ。・・・さっき、横尾から通りすがりに聞いたよ」
 そう言って向かい側に座ると、うどんを食べだした。
 黒田は顔を上げて、流れる涙を拭いた。
「俺、瑠美ちゃんが本当に好きなんだ。あんな良い子はいないと思うんだよ」
 上杉と佐々木はなんとも言えない表情でいたが、何か答えないといけないという衝動にかられた。
「おう。お前の理想の女なんだな」
「そう!そうなんだよ。気が強くてギャルの中でも可愛くて、はっきり何でも言ってくれて。ミニスカートが似合って」
 聞くと、黒田の好きと言う想いは、こちらが思っている以上なのだと思い知らされる事になった。
「何がダメだったのかなぁ。少し早くないか、って言ってたよね。それなら、一か月くらい期間をあけて再挑戦してみたら良いのかな」
「お前、正気か?かなり厳しいと思うぞ」
 佐々木はうどんを飲み込んだ。
「黒田よぉ、お前はどうなんだ。お前が告白されたとして。好きじゃない相手で、付き合えないってその女に伝えたとして。その子がすぐに再挑戦してきたらどう思う?」
 黒田は赤い目をして佐々木を見た。
「え?」
「どう思うんだよ」
 黒田は少し考えて右上を見たり、下を見ると。
「・・・こわぁ、無理だよ。諦めてもらいたい」
「そう思うなら、お前も同じ事を思われるんじゃないか」
 すると、黒田は再び涙をためて泣き出した。
 上杉はなんとも言えない表情で、黒田の背中を撫でて言った。
「まぁ、お前の気持ちはわかったよ。とりあえず、今日はあんまり考えるな。泣くだけ泣けよ」
 その後も黒田は泣き続け、瑠美の事を好きになったというきっかけや、嫌いになれない理由を語り出した。
「おい、虎はそろそろ行かないとまずいだろ」
「おお。もう行くわ。黒田、line教えろ。飲みに行きたかったら連絡くれ」

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