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戦闘服からヘッドセットへ 28 〜最終回② BARでの2次会~




「虎っち、熊さん。ASV昇進おめでとう!カンパーイ!!」

 瑠美は乾杯の音頭に、買って出たようだった。
 この日、チームのメンバーは横尾が週に1度だけ出ているというBARを貸し切り、二次会として集まった。
「まさか、横尾君がバーテンやってるとは思わなかった」
「いや、大学からここにいたんです。当時は週4とか入ってたんですが。今は週1なんで、楽しくやれてます」
 横尾は話しながらカクテルを作り、新しい注文を次々と受けていた。

 三平の近くで飲んでいた瑠美は、次のお酒を頼もうとその場を離れた。
 そこへ、以前まで瑠美の事を好きだと公言し、振られた黒田が三平の近くへ寄って来た。黒田は相変わらずInstagramに載せているかのようなオシャレな服装をして、気合いが入っているようだった。

「三平君」
「あ、黒田君」
 三平は瑠美と付き合うようになってから、黒田と話をするのを避けていたため、緊張感が走った。
「なんか、あれから気まずくて声をかけられなかったんだよね」
 どうやら黒田も同じ気持ちのようだった。
 三平もいきなりの展開に、どんな話をすると良いかわからず、戸惑いつつ愛想笑いを浮かべていた。
「いやいや、瑠美ちゃんも三平君もこんなに見た目が変わってさ。なんなら中身もじゃない?お似合いだよ」

「あ、ありがとう」

 すると、黒田は笑顔で三平の肩を叩いた。
「俺さ、ギャルな瑠美ちゃんが好きだったから。あんな清楚になっちゃって、未練も何もなくなったよ。逆に三平君に感謝!」

 三平はそんな事を言われるとは思っていなかったため、複雑な気持ちで下を見た。
 黒田は、お酒を頼む瑠美の後ろ姿を見て言った。
「瑠美ちゃん幸せそうだし。俺も、もっと良いギャルを探すよ」
 そこでやっと、三平は頷いて黒田の目を見る事が出来た。
「こんな事、言われたくないだろうけど。黒田くん、ありがとう」
「いやいや、それよりさ。良いギャル見つけたら紹介してよ」
 二人から、愛想笑いは消えていた。



 上杉は皆が楽しそうにカクテルを飲む姿を見ながら感慨にふけり、これまでの事を思い出していた。

 初めの頃に言われた、周りからの声が頭に浮かぶ。

『熊虎コンビとかいう、半グレみたいなのが入って来たらしいよ』
『マジか。そんな奴ら、どうせすぐに辞めるだろ』
 ああ、そんな事を言うやつもいたな。

『そのままだと、クビは時間の問題ですよ』

 あの頃は、言われるたびに怒りを感じていたけど、今は夢の中で起きた出来事のように感じるな。


『今回のオペレーターさんは最悪ね!あなたの説明、わかりづらいのよ』

『まだなのか?調べるのに時間かかり過ぎだろ!』

 お客からの冷たい言葉は苦行以外の何ものでもなかった。


「おい、虎。何を一人で笑ってんだ」

 カウンター席にいた上杉の隣に、佐々木が来てそう言った。

「あ、いや。色々思い出してたんだよ、今の職場で辛かった時とかさ」
「ああ、お前はたくさんあるだろうな」
「はっきり言うよな。まぁ、そんな事ないとは言えないしな。我儘なお客のとき、つい俺も戦闘態勢になりそうになって、モニしてくれてたSVが急いで俺の隣に来てたしな」

✳︎モニ:モニタリングの意味で、コールセンターではオペレーターとお客の会話をハプニングやミスが起きないように聞いている事。

 佐々木は吹き出し笑いをした。
「まぁ、昔のお前なら、あるだろうな」

「そんで、そのSVがボードに謝罪文を書いて、これを読めって指差すんだよ。そこに『私が至らず、本当に申し訳ございませんでした』って」
「よくある事だな」

「今なら言うしかない、って思うんだけど。当時、それを読む瞬間がすげぇ屈辱的だったんだよ」
 あの時の、苦しさを忘れた事は一度もない。

「本当に。こっちが悪くなくても謝罪する事だってあったなぁ」
 今まで味わった事のない感情が、溢れて来た。 

 莉里は2人の後ろに近づき、声をかけようと入るタイミングを見計い、間に割り込んだ。
「そんなに謝罪が多かった?」
「おお、びっくりした。さかぐっちゃんかよ!」

 佐々木はそこまで驚く様子はなく、冷静に答えた。
「理不尽な事で謝罪もしなきゃいけなかったけど。辛かったのは、最初の頃に俺たちを馬鹿にする奴が多かったのもしんどかったな」

 莉理はその台詞から、何かを思い出したように笑った。
「そうですよね。でも、これからの熊虎コンビは問題児なんて呼ばせないでしょ!新しい問題児をエースに育てる人になるから」

 そう言われると、上杉は得意のニヒルな笑顔を披露した。
「おう、任せておけ。期待してくれて構わないからな」

 佐々木は呆れた顔で上杉を一瞥した。
「調子にのるのが早すぎる。まだ、何もしてないのに。・・・俺、ちょっと横尾と新藤のところに行く」
 そういうと席を立ち、莉里へそこに座るよう促した。


 気づくと、カウンターにいた横尾は奥の方で他のメンバーと盛り上がっているようだった。
「上杉さん、何を飲んでるの?」
「おう、マティーニだ」

 莉理はとくに話し出す様子はなく、目の前の棚に並んでいる様々な種類の酒を眺めて、穏やかな表情をしていた。どうやら酔っているようだった。

 2人の間に静かな時間が流れた。
「・・・さかぐっちゃん。大事な話をしても良いかな」
 上杉は真っすぐに莉里の方を見ると、覚悟を決めたように真剣な顔でそう言った。

「大事な話?奇遇ね、私もあなたに伝えたい事がある」
 莉理は、大きな目を細め、いつも以上に笑顔を見せた。

 右奥にある窓から、さっぽろテレビ塔が見え、群青と漆黒の混じり合う空に月が煌々と輝いていた。

最終回③へ続く(明日に出します!)
本当のラストです!


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