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山小屋・滞在録です…(8)

吉田さん事件! 編


ある年の秋のことだった。
仕事の取材も兼ねて飛行機で熊本を訪れ、その後、地元の友人に車を借りて、数日南阿蘇の山小屋のメンテナンスに滞在することにした。
山小屋は結構標高が高く、すでに冷たい風が吹き始め、しかもその時期は台風の影響で不安定な天候が続いていた。

秋の風景

到着後は、小雨が降る中、いつものように山小屋の設備や道具類をチェックし終え、いよいよ夜を迎えると、なぜか山小屋の中に小さな野ネズミが一匹チョロチョロしている。
雨やどりに入り込んだのか…土間から外へ追い出そうとするが、何故かどうしても出ていかない。

『まあ、とにかく寝るか...』と下着になって、洗面と歯磨き...
夜寝室で本を読んでいると、野ネズミは頻繁に寝室を出入りしている。
ガサゴソと気になるので、野ネズミが部屋を出て行った折に部屋の引き戸をぴったり閉めておいた。
名前がないと呼びにくいので暫定的に『吉田さん』と命名した。

山に居ればこんなこともある...
長く留守にする山小屋には、虫や小動物が入り込み、台所周辺にビニール包装のままの食料を放置しておくと、盗み食いされていることがあるのだ。
なので、めぼしい食料は基本密閉性の高いプラスチックケースにしまってある。
野ネズミくらいで大騒ぎすることもない...

翌朝…寝室を出て顔を洗っていると、吉田さんは閉められた寝室の扉から必死に中に入ろうとしている…
『ん?…これはもしかして…』

寝室の中を探ってみた...

山小屋の寝室には収納がない。
なので普段使用しない客用の布団や毛布は部屋の隅に重ねて置かれ、布を掛けてある。
それを移動してみると...

『あ、あった!』
掛け布団の一枚に穴が開けられ、中の綿が引きずり出されて壁との隙間に盛られている...

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すでに巣が出来上がっていたのだ!
ということは...

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布団を少し移動して、綿を取り除いてみると...
その下に小さな可愛い子ネズミが三匹!

そこで、取り敢えずダンボールで小さな箱を作り、綿と吉田さんのお子たちを入れ、土間の出入り口であろう扉の隙間に…ここなら吉田さんも気がついてくれるだろう…

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ところが、吉田さんは一向に姿を現さない…子供を捕られてしまったと思い諦めてしまったのか?
加えてその夕方からは、雨が激しく降り出した。

三匹は安心したのか、お腹をすかせてか、箱の中からヨタヨタと出てきてしまう。
とりあえず、手近にあったバケツの底に箱を押し込み蓋を開けて3匹を入れる。
夜に吉田さんが来た時用に足場も掛けてあげて、まずは一晩様子見だ…

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朝早く目がさめた…やはりまだ寝室の中に何か微かに気配がするのだ。
昨日寝室はベッドや荷物を移動しながら全て綺麗に掃除したし、扉もぴったり閉めてある。
吉田さんが戻って来ても、ここにはもう入れないし、昨日の時点で彼女もそれはわかっている筈だ。

外には雨が降り続いている…窓からの薄明かり…ふと目を床の上に向けると、何かがうごめいている…
子ネズミだ!もう一匹いたのだ!昨日あれほど丁寧に掃除したのに、一体どこに潜んでいたのだろう?

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やれやれ…と、ベッドから身体を起こしたその時、『コンコン…』扉をノックする音が…
時間はまだ六時前だし、誰かが訪れる筈もない。
ん?待てよ…もう一度良く耳を澄ますと…扉をカサカサ引っ掻く音に続いて再び『コンコン…』
そっと隙間を開けると、恐る恐る顔を覗かせているのは…吉田さんだっ!

やがて寝室に忍び込むと、大急ぎで昨日私が綺麗に片付けてしまった巣の場所に走り込んだ。
少しすると慌てて再び扉の隙間を出ようとして、立ち止まる。
床の上に這い出して来た子ネズミに気がついたようだ。
吉田さんは大急ぎで子ネズミに駆け寄ると素早く我が子を咥えて部屋を走り去った…

そっと土間まで降りて、バケツの中の子ネズミたちを確認しに行くと、子ネズミたちはまだそこに…
どうやら、吉田さんは気がついていないようだ。
で、バケツの置き場を寝室の扉の前に移動し、バケツも横倒しにして吉田さんがもう一度様子を見に来たら、すぐに気がつくようにしておいた。
この子たちが助かる可能性は大分高くなったようだ。

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ちなみにネットで色々調べたら、野ネズミが家の中に入り込むのは子育ての期間だけのようで、授乳期間が終われば勝手に出てゆくという話だ。
私がちょっと早まってしまったのかもしれない…
しかし、この山小屋が野ネズミたちの保育所になってしまうのもちょっと困る…流行っちゃったりしたらもっと困る…

それから二日間、吉田さんは一匹だけ子供を連れ出したまま戻ってこなかった…
いよいよ取り残されてしまった三匹の子ネズミたちともお別れしなければならない。

玄関脇の薪木の隙間にダンボールの住まいを移した。

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可能性は低いと思うが、自力でなんとか生き延びて欲しいと願いを込めて…

後日談となるが、吉田さんはどうやら無事子供達を連れ去ってくれた様だった。
ダンボールの仮住まいは、他の動物に荒らされることも破壊されることもなく、そのままの状態で子ネズミたちだけが姿を消していた...

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