アイスキャンディーを食べながらふたりで走れる今が
好奇心のままに歩き回り、しゃがみ込み、立ち止まり、小走りになり。
1歳と少しだろうか。小さな小さな女の子が、病院の待合室でちょこちょこと動き回っていた。まだまだ全速力では走れない、歩き始めたばかりであろう足取りが可愛らしくて、つい目で追ってしまう。
母親が「そっちはだめ」と制すと、いっちょ前に「むぅ…」と解せない顔になる。そしてまたすぐに歩き出し、時折母親を振り返って、見てる?見てるね? という表情を見せる。
母親は、その子の後ろをついて行く。夕方の閑散とした待合室には、二人の静かな足音だけが聞こえていた。
「お母さんも、あんなふうだったの?」
横に座っていた中学生の娘が、ふいに私に尋ねてきた。スマホに夢中になっていると思ったのに。なんだ、見てたのか。
あんなふう? それは一体なにを指しているのだろう。
「私もこうだったの?」という質問なら容易に理解できる。子どもたちに、小さなころのあなたはこうだったと話すと、とても嬉しそうにするからだ。
食事の取り方、遊びの様子、友達との関係性。
私は年々薄れていく記憶を手繰り、時に脚色交えて思い出話をする。お決まりの夫婦VS子どもたちの会話、「ああ、あんなに小さくて可愛かったのに~」「今は可愛くないっていうの!なによー!」で親子で爆笑して〆。
これは私と夫の、とても好きな時間だ。
「お母さんも、あんなふうだったの?」
娘には、女の子のお母さんの姿が目に入っているらしい。
その母親は静かだ。せわしなく女の子の歩く方へ動いているけれど、声は滅多に発さない。時折女の子が発する喃語に優しく答え、相槌を打つだけ。
どうやら、娘はその姿にわたしを重ねているようだ。
へぇ、そんな見方をするようになったのか。
自分が赤ちゃんだった頃の母親が、どんな風に自分と過ごしてたのか。いつのまにか、娘は「自分がどうだったか」と見るだけではなく、少し違う視点も持てるようになっていた。
今風に言うと、視座が上がるっていうのか。これは。
ふーん。ふーん。と、親バカよろしく感心してたのも束の間、次の瞬間娘が発した言葉に、心を突かれた。
「なんか、あのお母さん、つまんなさそうっていうか、寂しそうっていうか」
そうきたか。
「乳幼児の相手をする母親の様子」(まぁ父親でもいいんだけど)
その母親の様子は、特段変わってるようには見えない。病院の待合室で乳幼児を相手する大人なんて、こんなもんだろう。
そこは小児科がある医院の割に子どもに媚びたものが無く、室内のレイアウトはすっきり。以前はいくばくかの絵本が置いてあったけど、昨今の肺炎騒動でそれも無くなった。
診察や会計を待つ間、小さな子は当然退屈する。
家で使っている大好きな絵本や小さなおもちゃを親が持参しても、子どもは簡単に「いまはそんなきぶんじゃない」と気持ちを揺るがす。そして、好き勝手にその辺をウロウロし、親の手をわずらわせるのだ。
そりゃそうだよねえ。
おうちとは違う景色。おうちとは違う置きもの。見慣れたおもちゃより、歩き回る方が断然楽しいはずだ。それが、病院の待合室という殺風景な場所でも。
でも、小さな子どもに対してそう大らかに思えるのは、それが私が一度通ってきた道だから。
娘が小さかった15年前、私は目の前の女の子の母親のように、待合室でつまらなそうな顔をしていたに違いない。できればさあ、この絵本を眺めておとなしく座っててくれない? と思いながら、面倒そうに娘のあとをついて歩いていたはずだ。
公園なら見守っていれば済むけれど、病院待合室とあっては、やはり好き勝手に歩く我が子を野放しにするわけにはいかないのよね。
と、もやもや考えていたらまた娘がひとこと。
「お母さんも、あんなに暗かったわけ?」
暗い。そうか、そう見えるのか。でもね、赤ちゃんにひとりできゃいきゃい話しかけてもさ、外だし病院だし。
「でも、お母さん、今はすっごくアタシに話しかけるじゃない。すっごく楽しそう。てか、いつもひとりでしゃべってるよね」
だって、今はアンタが応えてくれるからさ。赤ちゃん相手に突っ込んでもボケてもぜんぶ空回りするしかないし。
「空回りとかなに。赤ちゃんだよ相手は」
あ、でも家の中では赤ちゃんのアンタを相手によく喋ってた気がするけどね。やっぱり外だとねえ。
★★★
思い返すと、娘の育児中は孤独だった、な。
結婚して転居して、仕事を探している最中に妊娠し無職のまま娘を産んだ。知り合いの全くいない土地に寂しさを感じたのは、新婚で夫とオトナだけの暮らしだった時よりも子どもを産んでからだった。
孤独に押し潰されるほど繊細ではなかったけど、自分ひとりだけよりも、自分プラス乳幼児の状態の方が孤独を感じたのはなぜなんだろう。
娘が生後3ヶ月頃のとき、ママ友でも? と交流をもとめて、地域のベビーマッサージなるものに参加した。オトナと話したかった。
ベビマって今でこそおされで意識高い系のママさんのアレだけど、15年前はまだまだメジャーじゃなくってね。
公民館で待ち構えていたのでは、細身で菜食主義っぽいヨガの先生ではなく、割烹着姿の屈強そうな助産師さんだった。
「赤ちゃんとの触れ合い、触れ合いがだいじ!」と説明したあと、彼女はたくましい腕で、マルホンの太白胡麻油を赤子たちに振りかけてマッサージしはじめた。
「口に入っても安心! ベビーマッサージにはこのゴマ油がいちばん!」
いやべつに太白胡麻油は大好きだけど、なんか、こうさ、オーガニックのいい匂いのオイルとかさ。
言われるがママ、娘のもっちりした太ももやらお腹やらをなでなで。当然だけど、ベタつく。
「ほら、お母さん!赤ちゃんの目をね、目を見てね! ほうら、気持ちよさそうでしょう!」
10人ほどの母が車座で赤ちゃんにベタベタ触る。太白胡麻油だから当然赤ちゃんはテッカテカになってゆく。
なんだこの光景。気持ち悪い。
ちっとも気持ちよさそうじゃないベタベタした娘を抱えて、わたしは公民館をあとにした。
ある時は、育児相談会なるものにも参加した。
運が悪かったのか、私が参加した回は3歳過ぎの上の子たちがどだんばたんと終始走り回っている場になってしまった。知り合い同士で参加していたんだろう。上の子同士はオトモダチで、興奮して大騒ぎしていた。
今でこそ、しょうがないよねと目を細められるけど、当時は元気な上の子はうるせえなあとしか思わなかった。
そんな中で若い若いママさんに話しかけられてて、メルアド(当時の言い方)を聞かれたわたし。
「うれし! 私、アイハラジュリって言います。この子はアンナ。帰ったらメールしますね! ミユキさん!」
お、おう。夫以外に名前で呼ばれたのずいぶんと久しぶり。くすぐったくてうろたえた。でも、これがママ友ってやつかと、ちょっとうれしかった。
帰宅後、何日待ってもジュリからメールは来なかった。
★★★
「お母さん、呼ーばーれーたよーん」
娘の声で、わたしはハッと我に返る。
「くふふ。またどっか遠くに行ってたね、お母さん」
娘が診察を終えたあと、女の子と母親の姿はすでになかった。娘に「あのお母さんつまらなそう」と言われて、ふと思い出した赤ん坊の育児時代。
そういや、赤ん坊のキミは可愛かったけど毎日面白おかしく過ごしていたかというと、そうじゃなかったな。
キミを抱っこ紐に入れてふたりで商店街を歩いていた昼下がりは、迫ってくるキミの夕方泣きと風呂やら夕飯支度やらを考えてうんざりしてたよね。
「ねえねえ、アイス食べようよ」
持病もちの娘と病院に来るのは月一回。帰りに目の前のコンビニで買い食いをするのがいつのまにか恒例になっていた。
当たり前のように娘はコンビニに吸い込まれ、アイスの陳列棚の前へ一目散に寄って行った。
コンビニ限定のスイカアイスとマンゴーアイスを二人で食べながら家路につく。キミは、言われなくてもゴミはゴミ箱に。溶けたアイスがバーから垂れてきたら、私が口を挟まなくてもティッシュを。
物思いに耽ったあとなので、手がかからなくなったなあと思わずキミをながめる。
あの頃の小さなキミは、愛おしい思い出のままでいい。それだけでじゅうぶんだ。キミとの時間は今が一番楽しい。
横断歩道の信号が点滅を始めた。
「お母さん、渡っちゃおう!」
西日の差す横断歩道を、二人で走り抜けた。
もう車道でキミの手を引く必要は、ないのだ。
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