小説 | 世界一借金がうまい男
俺には借金が60億円ある。
はじめは事業の失敗で借金が残り、それをなんとかするために色んな所からお金を借りて増えた額がこれだ。
正直、もう今から事業で返す当てはない。
会社を潰し、自己破産するしかないと思っていたその時、電話がかかってきた。
「もしもし」
「もしもし、エムさんですか?」
「そうですが、どちら様でしょう?」
「あ、わたしA銀行のa支店長エヌと申します」
俺が一番借金している会社だ。取り立てだろうか?
黙っているとエヌが続けた。
「少しご相談したいことがありまして、一度あってお話できないでしょうか?」
「・・・わかりました」
俺たちは近所の喫茶店で会うことにした。
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カランカランッ
「おまたせしてすみません、エヌです」
上品なスーツに身を包み、40代後半とみえる男性が話しかけてきた。
「いえ・・・」
借金をしていて肩身が狭い。
「ああ、そんなに固くならないでください!今日はどちらかというとお願いにあがりました」
「お願い?」
「はい。今のエムさんの借入についてなんですが・・・」
身構える。
「倒産及び自己破産について、少し待っていただくわけにはいかないでしょうか?」
「どういうことです?」
「というのもですね・・・」
言いにくそうにするエヌ。
「しっかり話してもらえないと、お返事できません」
「そうですよね。。はい、正直にお話します」
「お願いします」
「私がA銀行のa支店長になって3年が経ちます。私の次のキャリアとしては、本店に戻って役員を目指すということになるのですが、正直その・・」
意を決したようにこちらをみるエヌ。
「正直、a支店長時代に、エムさんが倒産してしまうと、役員への道が途絶えます。少なくてもかなりのマイナス評価を得ることになります」
なるほど・・。
話が見えてきた。
経歴に傷がつく、というやつか。
「と言われても、返す当てなんてないですし。。」
「それは当行としても把握しており、あの・・大変申し上げにくいですが、誰がエムさんのババを引くか、という状況になっているのが正直なところです」
「正直ですね」
「はい、こっちもギリギリのところでして」
二人して少しだけ笑う。
「ご事情はわかりました。ただ、現実問題、お金がないことには倒産を避けることも難しいですよ?」
「それは考えてあります。今エムさんは事業縮小し、実質かかっているお金はエムさんの人件費+αくらいですよね?」
「そうですね」
借金をなんとかしようと、コストカットをし、今ではほぼ自分1人会社の形になっている。返済についてもこの状況のためあらゆる銀行が延期をしている。
「そちらを私たちでお支払いさせていただきます」
「え?」
驚いた。お金をくれるというのか?
「私たちにはそれしか道がないんですよ」
曖昧に笑うエヌ。
「私たち?」
「ああ、そうですね。A銀行以外の借入先の支店長たちになります。彼らはみんな私と同じ状況なんで」
おもしろい。
大きなお金の借金をしたら、返さなくて良くなるどころか、お金までもらえるとは。
「わかりました。そのお話お受けします」
「ほんとですか!よかったです」
心底嬉しそうにするエヌ。
こうして、エヌらとの奇妙な共犯関係が始まった。
--
「エムさん、こちら後任のブイです。よろしくお願いします」
「ブイです。この度A銀行のa支店長に就任いたしました。よろしくお願いします」
「そうですか。頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
今年も新支店長の挨拶を受ける。
ババを引かなかった過去の支店長たちは立派に出世をし、銀行のおえらいさんになっていっている。
エヌらとの共犯関係は、代が変わっても今なお続いている。
ある時気になって聞いたことがある。
「この関係っていつ終わるんですかね?」
「そうですねー。エムさんが不慮の事故で死んだときですかね。その時は、保険もありますし、返済が焦げ付いても仕方なかったよねという空気が銀行内にあるので」
「なるほどなるほど、殺さないでくださいね?」
ふざけて言う。
「あっはっはー殺さないですよ」
笑いながら言うエヌの目の奥は笑ってなかった気がするが、支店長を無事終え、本部に戻ったらもうそんなリスクを犯す必要もないのか今の所俺は無事だ。
今俺は、借金60億円あり、返済が全くできてないにもかかわらず、何不自由なく暮らしている。本当に借金をしてよかった。
〜fin〜
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