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飴を1つだけ


Zさんは飴を一つ
くださいます。
94歳の女性です。

お一人暮らしの時に
せん妄、幻覚が起こり
安全に生活できる環境を求め
ホームに入居されたようでした。


“飴を一つ”
それは、ホームで暮らしはじめて
お世話になる人たちと
少しずつ少しずつ距離を縮める

やりとりの中で、

Zさんが
心やすくなったと感じる人や
気心が知れた人にとる
コミュニケーション
のようなのです。


「あなた、手を出しなさい」
そう言って飴を一つ、
相手の出した手のひらの上に
そっと、のせてあげる
のでした。

読書家で物知りのZさんは、
威厳を感じる雰囲気でした。
こちらから話しかけるのを躊躇われる
雰囲気をいつも私は感じていました。





はじめて飴を
いただいた日のことを
思い出しました。
「あなた、手を出しなさい」
私にそう言って、
彼女は私が手を出すまでは
じっと待っていました。

私は、手を出さないで
「ありがとうございます。
お気持ちだけ、いただきます」
そう返して
受け取ることを拒否すると
叱られてしまったのでした。

相手を怒らせて気分を悪くさせるのは
私自身も気持ちが沈みます。

相手は無理矢理に
私は渋々と
結局は、
「ありがとうございます」
私は飴を、いただきました。


複雑な気持ちで受け取る
飴のコミュニケーション

しばらく続きました。



Zさんが
美味しいと感じる
大事な“こだわりの飴”を
1つ下さる。

そしてこう、言うのです。

「あなたにはね…
‘一つ…だけ’、飴をあげるのよ。」


どうして「1つだけ」なんだろう?
私は不思議な気持ちがしていました。
「一つだけ」の言葉。

「一つだけ」とわざわざ
付け加えることにでした。

「あなたに飴をあげる」
それだけの言葉でも十分です。

けれどもZさんに聞くことができません。
思ったことを私のほうから、
言い出すことは…できませんでした。





ある日のZさんは
少し柔らかな雰囲気でした。
いつものように飴を下さいました。
「…あなたには、ね、一つだけなの。
1つしかあげないの」

「はい、1つ。ありがとうございます、
いただきますね」

笑顔で私は答えました。

その日は
少しの間がありました。

注意深く
私はZさんの言葉を
しばらく待っていました。

“こだわりの飴”を渡した後に
いつもZさんが言われる
「一つだけ」の言葉。

そのフレーズは、
私の頭の中で
いつも引っかかっていました。




Zさんが
話しはじめます。

「あのね、疲れた時なんかにね、
ちょっとだけ美味しいものを
口に入れるとね、
『ああ、おいしいなあ…』
幸せな気持ちになるでしょう?

その気持ちをね、あなたにも
味わって欲しいなと思ってね、
一つだけなの。
沢山あったんじゃ、
その気持ちは味わえないから…」


‘少しのもので満足できる幸せは、
沢山のものでは満たされない
別の幸せ。’



投げかけられた言葉の意味が
ようやく分かったのです。



‘1つをゆっくり味わって、そして
幸せな気持ちになって欲しい…’


Zさんと誤解がなく
心の通う感覚でした。

その日初めて
少し心を開いて下さったようでした。

私は、ほっとした気持ちと同時に
なんだか満たされた
気持ちになったのです。
ギュッと締め付けられていたような
心の緊張がとけた瞬間でした。



美味しいものを満足に食べられない体験を
してこられた世代の方でした。


少ないもので満足できる幸せは、
世代の違いを超えても
共感してもらえたら嬉しい、
(共感してほしい)

Zさんの言葉には、
相手の共感への大きな期待が、
こもっていました。



「ああ、そうなんですね。そういう
…意味だったんですね…」


「そう。…そういう意味だったのよ」
笑顔で答えられました。


「1つだけ」は、
彼女のこだわりの言葉でした。



2020/1/10日記より

せん妄:
精神機能の障害で、突然発生します。
変動する障害で、通常は回復可能です。
症状は、注意力、思考力の低下、見当識障害、覚醒(意識)レベルの変動を特徴とします。
明確な原因は解明されていませんが、脱水や酷い便秘などの体調不良が原因となることがあります。薬剤もせん妄の原因になりえます。「虚弱な状態」に、何らかの身体的、心理的な引き金因子が加わることで起こると考えられています。


最後まで、目を通して下さいまして
どうもありがとうございました。
読んで下さる方が
少し笑みを浮かべられたり
ほっと一息つく時間
そんな時間になりますように。
これからもnoteを
続けていきたいと思っています。


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