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社会問題のヒント集「貧乏人の経済学」

 お金がないのに無駄遣いする。
 貯金するつもりが、手元に置いておいたら使ってしまった。

 子供や家族がしたら怒るかもしれないし、怒られた経験がある人もいるかもしれない。それでもなんとかなってきた人も多いと思うけど、そんな人間の性(さが)が死活問題になる場合もある。

 以前に買ったままにしていた本をパラリとめくったら、一気に読んでしまった。タイトルは『貧乏人の経済学』。2019年にノーベル経済学賞をとったアビジット・バナジーとエスター・デュフロの共著だ。
 貧困地域の話をしているようで、日本の抱える問題に重なって、とても遠い国の問題に思えなかった。人間の抗えない本質的な部分と施策の交差が具体的に描かれ、ヒントに溢れる内容だった。

 経済学上の合理的な人物を想像しよう。所持金わずかな場合、その殆どを食費に当てることになる。それが生命としての人間の合理生徒考えられるからだ。でも実際の人間はそんなに合理的ではない。ちょっとお金に余裕があると、いつもより美味しい物が買いたくなるし、スマホやテレビも欲しくなる。だから収入が増えても、食料が増やしたり栄養不足は無くならない。マシュマロ・テストが示すように、貧困地域でも我慢できる方が将来の収入が高くなる傾向にある。でも人間ただただ我慢はできない。我慢の果てにどん生活がイメージできるのかという情報が必要だし、我慢の度合いがどの程度なのかがわからなければ難しい。


 情報という点で人間の脆さを感じたのが価格だ。医療でも高価な方が効き目があるのではと考えてしまうそうだ。援助によって安く受けられる医療より、地域のヤブ医者の施す高価な医療行為の方がなものの方にお金を払ってしまう。これも資本主義にどっぷりな私たち共通の性質だ。


 心理的な問題だと、学校のクラス分けの例があった。クラス分けを学力テストのランク順にすると、生徒はやる気を失いやすい。それだけでなく、下位クラスに配属された教師もやる気をなくしてしまう。授業を放棄する教師もいるそうだ。階層的なやり方をしてしまうと、やる気が失せてしまうことが如実に表れている。このあたりは組織づくりにおいても重要なことだと思う。

 外山健太郎さんの『テクノロジーは貧困を救わない』という本でも、結局は教育や手取り足取りのサポートでノウハウを手渡すことが重要と書いていた。テクノロジーだけの支援は意味がない。ムハンマド・ユヌス氏で有名なマイクロファイナンスの効果についてもきっぱりと書かれていた。高利貸しから逃れることには役に立っても、その先の余裕のある生活へと移行できるかまた別問題。そこは教育の問題、アイデア出したり判断をしていくための礎が必要なのだ。

 人間は合理的なフレームに当てはめられないということをわかった上で、対応していかないといけない。著者が何度も繰り返し強調しているのは、供給か需要かではないということだ。マラリヤの例だと、蚊帳が効果的だ。そんなとき、数の不足や高価で普及しないとする陣営と、当人たちの関心ややる気の無さが問題なのだする陣営がいる。実際はそんな単純化した議論をしても解決にならない。その間に答えがある。どうしたら購入の敷居を下げられるか、どうしたら蚊帳の効果の理解を広目られるかの両面から考えていくことが必要なのだ。

 施策がうまくいかない原因として、著者は3つのI問題を挙げている。イデオロギー(Ideology)無知(Ignorance)惰性(Inertia)だ。インドの教育改革がうまくいかないことについてこう書いている。

このプログラムは古典的な3I問題に苦しんでいました。あるイデオロギーーー人々に権力を与えるのはいいことだーーが最初にあり、人々の求めるものや村落の仕組みについて無知なままに設計され、そしてわたしたちが調査に乗り出した頃には、完全に惰性だけで続けていたのです。
                              ーーP.339

 この3I問題から教訓を得ようとすれば、その反対側を考えてみるといいかもしれない。イデオロギーの外つまりは、社会や組織を硬直させているバイアスを知って、その外を見ていくこと。新たな視点で現状を認識すること。その人たちがなぜそんな行動をしてしまうのかを彼らの論理で考えてみたり、外部の知見を取り入れてみること。現状の制度を維持しようとする者たちとコミュニケーションしながら巻き込んでいく。この時のコミュニケーションは科学的なデータを足場として対話していくことが良さそうだ。本書ではランダム化対照試行(RCT)なども紹介されていて、深掘りしてみたいと思った。

 富む人も貧しい人も人間としてはなんら変わらないわけで、どんな状況、社会にいるかそれに尽きるのだと思います。幾重もの偶々が大きな違いを形成している。僕らが社会の仕組みにどう守られているのかも改めて認識した、貧乏な人たちが貯金ができない、でもその前に銀行口座を持てないことも大きい。見合うコストで安全に預けられる場所がなければ貯金しない。税制、保険、年金の良し悪しの問題はさて置いておいて、それらは自動的に天引きされることで安心できる生活をつくっている。そういった仕組みが貧困への防壁になっている。
 
 この本を読んで思ったのは、税制や社会保障、そして教育の重要性だ。瀬戸際の人たちの状況を題材にしているからそれらの制度の役割を改めて認識した。貧困のかたちは異なるものの、日本でも格差や子供の貧困が問題になっている。3I問題のように改善に向けた根本的な姿勢は重なることも多い。こういった地域で活動されている方の知見は、世界の社会問題を改善するヒントや道筋になると思います。

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