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人間関係を強化するために郷に入っては郷に従う必要があるのかというお話し

先日、中国人のお願いの敷居が低くて辛いってお話しを書きました。

詳しくは、この note を読んでくださると嬉しいです。でも忙しい人のために内容をまとめると・・・・

  1. 中国人は頼めると思えば、遠慮なく頼んでくる

  2. わたしはまずは自分でやってみるという気質

  3. 断ってばかりいることに疲れる

こんな内容です。

ですから、大抵の中国人がどんどん遠慮なく頼んでくることが辛いのではありません。また、そのことも悪いと思ってません。これは文化の違いの問題です。ただ、自分がいつも断るのに疲れるってだけのことです。

さて、このnoteを書いて、いろいろな意見をいただきました。

例えば「中国人はお互いに頼み頼まれることで関係を強化するので、くまてつさんも、どんどん頼んだ方がよい」とか、「頼み頼まれる関係を築くことが大事」とかの意見です。

わたしも中華圏の方々と関わるようになって、すでに15年ですので、中国では、迷惑をかけてこそ友だちという風潮があることを重々承知しています。しかし、相手の作法にのっとらないと、良い関係が築けないってことはないと思います。

わたしは人に頼るのが嫌い

他人に迷惑をかけるのが嫌なのではありません。

自分でできることを、すぐに人に頼ろうとするのが嫌なのです。また自分がすべきことを他の人に押しつけるのが嫌いです。

わたしだって、誰かの助けがなければ生きていけません。今までだってたくさん迷惑をかけてきました。そして友人が助けてくれるときには、ありがたいなと思います。でも、自分でできることは、できるなら自分で行おうと思っているだけです。

それを徹底して行っているからといって、中国人と関係が築けないわけではありません。わたしに対する中国人の評価は「自立している」です。または「自己管理できる」というものです。別に何かを頼まないからといって嫌われたりしませんし、薄情だととも言われません。

良い友だちもたくさんいます。喜んで助けてあげたいと思う人もいますし、またわたしが何かを頼めばすぐに駆けつけてくれる中国人もいます。でもこの関係は「頼み頼まれる」という過程だけを経て作り上げたものではありません。

もちろん、小さな事からはじめて、徐々に強力な関係を作ることもできます。また、思いも寄らないことがきっかけとなって友情を育むこともできると思います。でも中国だからお互いに迷惑をかけないと友だちになれないというような姿勢に疑問を感じます。

主語が大きい問題

日本人だって、頼みごとをします。そんなことまで人に頼むの?って思うようなことも依頼する人もいます。日本語に「持ちつ持たれつ」「お互い様」「ギブアンドテイク」なんて言葉があるわけですし、社会的交換理論なんて難しい言葉で、説明する人もいます。

しかし、中国では誰かに迷惑をかけないと関係を作れないというのは、ちょっと乱暴な理論だと思います。まさに主語が大きすぎて、本当にそうかな・・・なんて思ってしまいます。

相手が「断られても構わない」と思って依頼してくるからといって、自分もそうしないと信用が得られないってことはないと思います。

◇◇◇

さて、じゃあ今後はどうするのと聞かれれば、今まで通りだと答えます。

自分にできることは自分で行う。どうしても無理なことは遠慮なく友だちの力を借ります。

中国人から頼まれた場合、わたしの助けが必要なときは喜んで力を貸すけど、本当は自分でできるのに便利だからという理由で頼んでくる人の場合は「ごめんね、都合悪い」と答えるつもりです。またもしかすると「甘えてきたな」と思いつつも、喜んで手助けすることもあるかもしれません。

でもそれって、良い人間関係を作りたいからではありません。相手のことを考えて、その都度行動するだけです。それを相手が好ましいと思ってくれれば嬉しいですし、そうでないとすれば、仕方がありません。

もし、相手のわがままを聞いてあげなければ、信用してくれないというのであれば、別に信用してもらわなくても良いかなって思ってます。

後は断ることで疲れすぎないようにしないといけないですね。

ただ、自己責任という言葉で何でも切り捨てるような社会は生きづらいと思います。その辺りのバランスも難しいなと考えてしまいました。

今日も最後まで読んでくれてありがとう。また明日。

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