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旅する日記⑥京都の爆走自転車とフルーツパフェ

 暑さがようやくやわらいだ十月、わたしは京都に来た。

 アドレスホッパーになってから二ヶ月。千葉や神奈川などをうろうろしていたわたしだけれど、ようやく思い切って関東の外に出たのだった。京都を訪れるのはこれが生まれてはじめてなので、かなりどきどきしている。

 京都に着いて最初の宿は「九条湯」。もとは銭湯だった建物を改装してゲストハウスにしたらしい。隣はバー兼ワーキングスペースになっていて、そちらの方は内装がほとんど銭湯だったときのままになっている。荷ほどきが住んだあと、わたしもバーの方に行ってみた。人気メニューの「生姜焼きサンドイッチ」を、浴槽の中に置かれた座席で食べる。おいしいし、何よりお風呂の中で食べているというこの状況が面白い。

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 このバーはコミュニティスペースとしても利用されていて、会議に使ったり、ボードゲームをして遊ぶこともできるらしい。月に一度、傷のある野菜を安く販売する「わけありマルシェ」というものも開催しており、地域の人たちに喜ばれているそう。

 お腹がこなれたあとは、自転車で伏見稲荷大社まで行くことにした。自転車は「PIPPA」という無人のレンタサイクルを借りた。「PIPPA」は東京で出会ったADDress会員さんからおすすめされたサービスで、三十分あたり百円で自転車のレンタルができる。二千円で五日間借りられるパックもあり、わたしはそちらを利用した。

 借りたばかりの自転車で、薄暗くなった京都の街を走る。どこかわたしの育った街に似ていて、まだ古都に来た実感は湧かない。
 ああ、京都だな……と実感したのは、伏見稲荷大社に到着してからだ。

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 着いたころにはあたりはすっかり暗くなっていて、「もっと早く来たらよかった」と後悔したのだけれど、境内を進むうちにその思いも消えていった。むしろ、夜に来てよかった。薄暗い境内はちょっと怖いのだけれど、昼間よりも光と影のコントラストがはっきりしていて、この場所の美しさがより際立つようだった。

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 そんな感じではじめて訪れた京都を満喫しようと思っていたわたしだけれど、三日目くらいになって急にさみしさが襲ってきた。河原町のゲストハウスの一階のカフェで一人、もそもそとカレーを食べていたときのことだ。
 思えば、京都に来てからろくに人と話していない。九条湯でも河原町でも他の宿泊者と顔を合わせることがなく、会話の機会がなかった。
 知らない土地で一人ぼっち。今まで何度も経験してきた状況のはずなのに、なんだか少し不安になってくる。
 めんどくせえ女がやりそうな行動だなあと思いつつも、「京都にいるのに、なんかさみしいんですけど」ということをSNSで小田原の人たちに訴えてみた。

 すぐに返事をくれたのはヒライさんとみーちゃんだった。

 ――早く帰っておいで。

 たったその一言が、ものすごく嬉しかった。
 そして、自分には帰る場所ができたのだということも。

 ことの発端は、八月に小田原を訪れたときのことだ。「ADDress小田原A邸」のダイニングで、専用ベッドの住人たちと一緒にごはんを食べていたとき、家守のヒライさんがわたしを見て言った。

「なんか、妙に馴染んでるよね。もうここに住んじゃえば?」

 マリコさんが作ったおいしいチキン南蛮を食べていたわたしは、思わずきょとんとしてしまった。

「住む……とは?」
「専用ベッドをここに移すっていうこと。今のドミトリーにはほとんど帰ってないんでしょ?」
「はい。遠いし、部屋の感じがしっくり来なくて」
「じゃあ、ここでいいじゃん。ちょうど、来月から女子ドミトリーのベッドがひとつ空く予定だし」

 わたしのようにそれまで住んでいた家を引き払ってADDress会員になった人間にとって、専用ベッドのある拠点というのは「帰る場所」だ。全国のあちこちを旅する合間に立ち返る場所。自分のベッドがそこにあり、基本的な荷物もそこに置いてある。人によっては住民票もその住所に移す。

 その「自分の帰る場所」を、小田原にするのだ。なんだか悪くないと思った。むしろ楽しそうだ。いや、絶対楽しいに決まっている。

「じゃあ……そうしようかな」

 そんな感じで、わたしは十一月からADDress小田原A邸のドミトリー住人に加わることになった。ここ数ヶ月、姉や友人に「家なし子」と呼ばれてきたわたしが、ようやく「家」を得たのだ。京都に行ったあとは広島に行く予定になっているけれど、そのあとに帰る場所は小田原だ。

 わたしはあらためて、ヒライさんやみーちゃんから届いたメッセージを見た。どこにいても、「帰っておいで」と言ってくれる人がいる。たったそれだけのことなんだけど、旅人にとってはこの上ない幸福だと思う。
 
 ヒライさんやみーちゃんのおかげで、また旅を楽しむ気力が湧いてきた。わたしは河原町からまた自転車を飛ばして、次の宿である西大路のゲストハウスに向かった。
 このゲストハウスも他と同様、新型コロナウイルスの影響で宿泊者が少なくなってしまっていたのだけれど、それでも何人かのお客さんと交流することができた。面白かったのは、フィリピン出身のヴィンさんという男性と、彼の友人だというダリーさんという女性。京都で英語の先生をしているという二人は、アパートやマンションを借りずにこのゲストハウスで暮らしているそう。
 先生だけあってとてもわかりやすい英語で話してくれるので、わたしのつたない英語力でもなんとかコミュニケーションを取ることができた。聞くところによると、ダリーさんは祇園に抹茶のパフェを食べに行きたいらしい。わたしも抹茶が大好きなので一緒についていくことにした。
 夕食のあと、ヴィンさんとダリーさん、わたしの三人で祇園に向かう。移動は自転車だ。のんびりサイクリング……と言いたいところだけれど、ヴィンさんが自転車を漕ぐのがおそろしく早く、ついて行くのがやっとだった。

「ヴィンさん、早すぎるよー!!」

 そんな感じのことを頑張って英語で言うのだけれど、まったく聞いちゃいない。ダリーさんとわたしは必死で自転車を漕いだ。ふらっとお出かけ、というよりも、もはや一種のフィジカルトレーニングみたいな気分だ。

 へとへとになりながら到着した祇園だけれど、お目当ての抹茶パフェの店はすでに閉店していた。他の店も探したけど見つからない。「もう開いている店に入っちゃおうか」ということになり、近くにあった喫茶店でそんなにおいしくないフルーツパフェを食べた。
 ところがだ。喫茶店を出たあといくらも歩かないうちに、「抹茶スイーツ」と大きく看板に掲げている店を発見したのだ。しかもまだ営業中。
 ああ、喫茶店に入る前にもう少しこのあたりを探しておけばよかった。そう残念がるところなのだけれど、なんだか笑えてきた。ヴィンさんやダリーさんもそうだったようで、わたしたちは三人揃って爆笑した。

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 帰りは鴨川を通った。のんびり……といきたいところだけどヴィンさんの自転車はやっぱり爆走で、ついていくのが本当に大変だった。
 翌日はもちろん筋肉痛になった。わたしが祇園を思い出すとき、きっとこの痛みも同時に思い出すんだろう。
 はじめての祇園は爆走自転車で、しかも筋肉痛。ちっともおしゃれじゃないけど、こんなのも悪くない。不思議とそんなふうに思えたのだった。



京都の旅のおとも:
「漫天兄弟」のあっさりラーメンと「手造りごはんやいとう」のぶたのしょうが焼き定食


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