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毎日連載する小説「青のかなた」 第3回

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 軽いものだけれど、縦が八十センチ、横が百二十センチとばかみたいに大きいので、自宅から成田空港まで運ぶのがとにかく大変だった。

「あれは、キャンバスです」光は言った。
「キャンバスって……絵を描くための?」
「はい」
「ああ……光さん、確か画家さんなんですよね。スーが言ってました」
「画家というか、イラストレーターです。今は、ソーシャルゲーム……スマートフォンで遊ぶゲームに使うイラストを描く仕事をしてます」
「ゲームのイラスト……マリオみたいなの描いてるってことですか?」
「いえ、私はキャラクターは描かないので……。ゲーム画面の背景に使う風景のイラストが多いですね。中世のお城だったり、日本の学校の教室だったり、ゲームのストーリーに合わせた背景イラストを描いています」
「すごいなあ。あのキャンバスも仕事関係ですか?」
「いえ……あれは、祖母に頼まれて」

 光は後部座席のキャンバスに目をやって言った。
 自分で買ってきたというあのキャンバスを前に、祖母・雨田はるは言ったのだ。「これにパラオの絵を描いてほしいの」と。

「祖母は、昔……子どもの頃、パラオで暮らしてたんです」
「昔……日本統治時代ですか?」

 光は頷いた。パラオは、大正時代から太平洋戦争で敗戦するまでの三十年ほど、日本が統治していた過去がある。

「祖母の父はコロールで巡査をしていたらしくて。島の人たちとも仲良くして、楽しく暮らしていたそうなんですけど……戦争が激しくなってコロールが空襲を受けるようになると、日本に疎開せざるを得なかったそうです」
「そうですか。おばあさんは、そのまま日本で暮らしているんですか?」
「はい。東京で結婚して、今も暮らしています。疎開といっても、その頃の東京もパラオと変わらないというか……それ以上だったようで、かなり苦労したみたいです」
「そう。じゃあ、おばあさんの中では、パラオで暮らしたときのことがいい思い出になっているんですね」
「はい。パラオが独立したばかりの頃に、祖父と一緒に旅行したこともあったらしいんですけど、最近は『私もトシだし、もうパラオの土は踏めないかもしれない』みたいなことを言い出して」
「それで、絵を描く仕事をしている孫に、パラオの絵を描いてほしいと?」

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