見出し画像

【実録・完黙独房奮闘記】 #01 THE DOORS |連載小説


2011年、春の足音が近づいてきた頃・・・
私は早朝6:30に目を覚まし、永谷園カラーの縞模様の布団の中から顔を出した。

そして、手を伸ばしても飛び跳ねても触れることの出来ない高さの天井に設置されいる、蛍光灯の中でひと塊になった小さな虫の死骸をじっと見つめていた。

チカチカっと電気が着く瞬間を今か今かと待ちつつ、
遠くから聞こえて来る音に耳を傾けていた。

静寂の中から、うっすらと鍵の音が聞こえて来る。
そして、蛍光灯に弱い白い光が灯った。
“起床、、そしてまた、点呼の時間か、、”

制服の男が、これでもかという大声で叫ぶ。
「38室番号!!」

私も叫ぶ。
「1071番!!」

偉そうな男が開かない小さなガラス窓を覗き込み独特の調子で言う。
「いちめぃぃ〜(1名)」

もう何回目だろうか、このやり取り。
そろそろ自分の顔も名前も全て忘れてしまいそうな気がしていた。

この1071という番号は、
九州のとある刑務所内にある拘置区の独居房での私の呼び名である。

4畳程度に便器と手洗いだけの質素な部屋に閉じ篭り、
その番号を名前として生きている。

”外ではまた桜が咲き始める頃かな、、” と
少し胸の奥が苦しい感覚になっていた。
「もうすぐ春か、、、」思わず独り言を言っていた。



–––––– 話は約1年前に遡り・・・

2010年4月1日。

ピンポーン♪
カチリと鍵を開け、少し錆ている扉をギイっと開けると、目の前に興奮を隠しきれない10人程の男達が、鋭い眼差しで立っていた。

”は?エイプリルフールの冗談か?” などと
脳が現実逃避しそうになると同時に、先頭の男が口を開いた。

「裁判所から家宅捜査令状が出ているから中入るよ。」

まさに“夢の中へ”の歌詞のように、彼らは家の中を這いつくばって探していた。


1人は私をテーブルの前に座らせ、世間話をしていた。
彼は興奮を抑えきれないらしく、家の中でひっきりなしにタバコを吸って話しかけて来る。

当然、違法なものは何ひとつ出て来なかったのだが、私の前の男が一呼吸の間を置いて、 「ま、とりあえず、荷物を用意しようかぁ」と言った。

「え?なんで?」 と、
間抜けな返事を返すと、その男は薄笑いを浮かべ、こう切り出した。

「お前には逮捕状も出とるんや、もう当分は帰って来れんらかのぅ」

そう言い放つと、深々とタバコを吸い込んで、逮捕状を読み上げた。

「事実。被疑者・・・・・」

何やら難しい言い回しで書いてあるが、
要は“大麻1kgを営利目的で友人から譲り受けた”という容疑のようだ。
タバコをふかしながら、こう続けた。

「まぁ、お友達は、お前の事をペラペラと話しとるってことやな。」

決め台詞のように吐き捨てたあとは時間が止まったかのような間が空いた。

私は彼の指の間に挟まれたタバコから、
ゆらゆらと上がってく煙をボーッと見ていた。

つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?