愛なんか、知らない。 第7章 ②大切な秘密

 大学4年になったけど、ありがたいことに、就活をする必要もないぐらいに、ミニチュアの仕事で忙しい。何とか卒業だけはしようと、講義には出てるけど。
 心は、卒業したら料理人の道に進むって言ってる。調理師学校に通うつもりだけど、奨学金で通えるところがないか、今探しているところ。
「もし、将来自分のお店を持てたら、葵のミニチュアを飾りたいな」
 そんな嬉しいことを言ってくれる。
「もちろん! 心のお店だったら、どんなに忙しくても最優先でミニチュアを作るよ」

 最近、二人とも休みの日は、心のミニチュアを一緒に作っている。
 キッチンとリビングに分かれているアパートの一室。リビングから完成させようということになって、畳を貼って、押し入れのふすまを作り、コタツやテレビ、タンスとカラーボックスを作るところまで行った。窓の外には物干しざおもつけて、洗濯物を作って干す予定。

「今日はおもちゃ作りでいいかな?」
「うん。にしても、あの時代の魔法のコンパクトの画像なんて、よく見つけられたね」
「まあね。今はネットで検索すれば何でも出て来るから」
「たまごっちとか、懐かし~。うちは貧乏だからスーファミとかは買えなかったんだけど、唯一これは買ってもらえて。一生懸命育てたなあ」

「私はシルバニアファミリーを買ってもらったよ」
「うちはどんなに頼んでもダメだった。うちは狭くて、場所を取るからダメだって」
「おもちゃは樹脂粘土で作ろうと思う。たまごっちはたまご型にして、プラ板を小さく切って貼ればいいから、簡単かも。小さくて作りづらいけど」
「ほ~い」

 心は慣れた手つきで樹脂粘土を丸めて、「もっと小さいほうがいいかな~」と言いながら形をつくっている。
「にしても、こんな狭い部屋で、二人でよく暮らせてたなあって思うよ。子供だったから気にならなかったのかもしれないけど」
「寝る時はどうしてたの?」
「コタツを隅によけて布団を敷いてた。学校の宿題はキッチンのテーブルでしてた気がする」
「そうなんだ」
「コタツって、よけてもしばらくは畳が温かいんだよね。お母さん、いつも僕を温かいところに寝かせてくれた」
「そうなんだ。心のお母さんって、ホント、優しいよね。いつも話聞いててそう思う」
「うん。優しかった」
 心は誇らしげな顔になる。

 今まで、心の生い立ちはそんなに聞いてこなかった。なんか、どれぐらい踏み込んでいいのか分からなかったし。
 ミニチュアを作りながら、心はいろんなことを話してくれる。赤ちゃんの時からここに住んでたとか、隣に親切なおじさんが住んでたとか。学校ではいじめられてたってことも。
「学校の帰りにお母さんが働いてるスーパーによく行ってたんだ。帰りは手を繋いで帰るのが嬉しくて」なんて、うっすらと涙を浮かべながら語ってくれたこともあった。
 箱庭と同じで、ミニチュアを作っていると、心に浮かんだことを話したくなるみたい。

「あのさ、葵はさ」
「うん」
「何で僕が僕って言うのか、聞いたことないよね」
「えっ。うん、それは、聞いていいのかどうか分からなくて」
「純子さんと信彦さんからも聞かれたことないけど。普通に受け止めてくれて、嬉しかった。いつも、真っ先に聞かれるのがそこだから」
「そうなんだ」

「あのさ、僕」
 心は一瞬、言おうかどうか迷ったみたい。けど。
「女の子が好きなんだ」
「私も好き~。アイドルの茉莉ちゃんとか、かわいいよね。同性でも可愛いって思う子いるよね」
「そういうんじゃなくて、ガチで好きなんだ」
「うん」
「恋愛対象として」

 私は一瞬、どうやって動揺を悟られないようにしようかと思った。
 えっ。女の子が好きって、それって、それって。
 心は瞬時に悟ったみたい。
「あ、大丈夫。僕が好きなのはスタイルがボンキュッボーンな子だから。グラビアアイドルになりそうな子っていうか」
「そそそうなんだ」
 そりゃ、私は内容が乏しいけれど。それはそれで、女の子としてもの足りないよって言われてるようで、複雑な気分。。。

「それを知っている人って」
「施設にいた時に、好きになった先輩に告って拒否られてから、誰にも言ってないな。お母さんがいた時は、まだ分からなかったんだよね。アニメで男の子っぽいキャラの女の子に憧れてて、『僕』って使うようになったんだけど。それがハマってるって友達に言われて、それでずっと僕って言ってるんだ」
「そうなんだ」

 心は今、大事なことを打ち明けてくれている。
 私は手を止めて心を見た。心は魔法のコンパクトを真剣に作っている。
 私は何げない感じを装って聞いてみた。

「今は、好きな人は?」
「いるよ」
「そうなんだ」
「でも、片思い。その子はノーマルだから、僕を振り向いてくれることはないだろうし」
「そうなんだ……切ないね」

「まあね。でも、そんなのしょっちゅう。僕みたいに女子が好きな女子には、まだ出会ってないんだ。ネットでそういうコミュニティもあるけど、参加したいとまでは思えないし」
「そっかあ。いつか出会えるといいね。心のことを好きな女の人に」
「うん。社会に出たら、出会うチャンスがあるかもって思ってる」
「そうかあ」

 それ以上、どう話を広げたらいいか分からなくて、私は樹脂粘土でレゴブロックを作った。
「葵は、今まで付き合った人、いるの?」
「いないいないいない、いないいないよお」
「そんなに激しく否定しなくても」
「高校からずっと女子高だし、中学は全然、男子とは話さなかったし……ってか、女子の友達も、あんまいなかったっていうか。一人でいることが多くて……」
「うん、なんか、ごめん。でも、ミニチュアの男の人のこと、よく話してるよね。ワークショップの助手やってたって」

「ああ、圭さんね。圭さんはテレビにも出てたぐらいで、イケメンだったから、すんごいモテたんだよ。ミニチュアの展示会では、いっつも女の子のファンが大勢押しかけて。ワークショップも争奪戦だったんだから」
「ふうん。なんで、葵は助手やることになったの?」
「展示会で圭さんのショップでミニチュア見てたら、学生向けのコンテストを教えてくれて。それで、圭さんのワークショップにも参加したら、なんか、同じテーブルの人への教え方が上手だからって、助手をやってみないかって誘われて。なんで、私なんかを誘ってくれたのかは謎なんだけどね」
「へえ、そうなんだ」

「圭さん、もう全然会ってないなあ。今頃、どうしてるんだろ」
「葵は、その人のこと、好きだったの?」
「うーん、好きって言うか、憧れかな? 私から見ると雲の上の存在の人で、振り向いてもらえないって分かってたし。そうそう、グラビアアイドルとつきあってたしね」

「ふうん。じゃあ、うちら、二人とも恋愛経験ゼロなんだ」
「そうだね……ミニチュアの世界って、男の作家さんはたいていおじさんだし。出会いはないからなあ」
 心と恋バナをするなんて、初めてだ。なんか、修学旅行の夜みたいで、楽しい。こういう時間っていいな♪

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?