見出し画像

愛なんか、知らない。 最終章⑨秋の日、井の頭公園で

 ランチの後、井の頭公園を散策していた時、鈴ちゃんがスワンボートに乗りたいって言いだした。
 私は岸辺で待ってようと思ったけど、鈴ちゃんが「先生も一緒じゃなきゃヤダ!」とごねたから、私も乗ることになった。

「なんか、ホント、すみません。こんなのまでつきあわせちゃって」
「いいいえいえ、そんな」
 塚田さんに謝られてばっかだ。
 私もスワンボートに乗るのは初めてなんで、嬉しいです。とか、気の利いた一言を言えればいいのに。言えない……。
 ボートでも鈴ちゃんを挟んで、3人で漕いだ。

「パパ、早すぎるよ~」
「ごめんごめん、これぐらいかな」
「結構、力いりますよね、これ」
「鈴、もっと一生懸命漕がないと、前に進まないよ?」
「鈴、いっぱい漕いでるもん」
「ああ~、岸に激突する!!」
「えっ、これ、どうやって方向転換すればいいんですか?」

 ボートはなかなか思うようには進まなかった。けど、3人で笑ったり悲鳴を上げながら漕ぐのは、ホントに楽しくて。
 ずっとこの時間が終わらないでほしいなって思った……けど、30分も漕いだら、足がクタクタになった。鈴ちゃんは「もっと!」って言ったけど、私と塚田さんはムリだった。

「これ、足に来ますよね……」
「日ごろの運動不足がたたってるなあ」
 ヘロヘロになってボートから降りると、鈴ちゃんが手をつないできた。ちっちゃい手。か、かわいいっ。
 ってハートを撃ち抜かれそうになっていたら。
 塚田さんの手も握って、鈴ちゃんは急に体重をかけて来た。私はバランスをとれなくて、前のめりになる。

「っととっ」
 転びそうになるのを堪えると、「ブラーンしたい」と鈴ちゃんは訴えかける。
 ブラーンって。もしかして。
 仲良し親子がやってる、あれ?
「鈴、後藤さんにめいわ」
「ブラーンしたいのおおお」
「ハイハイ、やろうね、やろうね!」

 鈴ちゃんの腕を持ち上げると、塚田さんも慌てて持ち上げた。鈴ちゃんがぶら下がる。
 鈴ちゃんは楽しそうな歓声を上げてるけど、子供を片手で持ち上げるのって、思ってたよりきっつ! きっついよ、これ!
「ごめん、げ、限界」
 すぐに下ろしちゃったから、鈴ちゃんは「えー、もっと~」とぶーたれる。
「ごめん、そんなに力なくて」
「鈴、一回で充分でしょ?」
「ん~」
「また今度ね。もっと鍛えておくから」

 時間はあっという間に過ぎて、夕方になった。
 吉祥寺駅で二人とは別れる。
「今日はありがとうございました」
 塚田さんは深々と頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、映画、楽しかったです。ランチもごちそうさまでした」
「先生、また映画観に行こうね」
 鈴ちゃんは無邪気な笑顔で言う。
「う、うん、そうだね。また行こうね」

 塚田さんがまた誘ってくれるのかどうか、分からないけど。
 エスカレーターを上っていく二人を、見送った。鈴ちゃんに何度も手を振って。塚田さんは何度も頭を下げてくれて。
 はあ~、楽しかった!!!
 こんなに笑ってはしゃいだの、久しぶり。
 でも、二人の姿が見えなくなったら、急に寂しい気持ちでいっぱいになって。一人でトボトボと自分が乗る電車に向かった。

 その日の夜、塚田さんからメッセージが届いた。
 今日のお礼と、そして。
「よかったら、また会いませんか?」の一言。
 私は何度も読み返してしまった。
 きっと、三人でってことだよね。うん。鈴ちゃんがそう言ってるに違いない。
「もちろんです。また3人で映画を観に行きたいです」って返したら、すぐに「いえ、できれば二人で。今度、食事でもしませんか?」って返って来た。

 ええええええ。これって、これってデート? 今度こそ、デート?
 どうしようどうしようどうしよう。あ、ここで返すのに時間がかかったら、嫌がってると思われるかもかもかも。
 でででも、なんて返せばいいんだろ? なんて返せば?

 頭が混乱して「ハイ」とだけ返した。
 すると、にっこり笑ったパンダのキャラクターのスタンプが送られてきた。
 私も「よろしくお願いします」のペンギンのスタンプを送る。
 うわ、どうしよ。流れでOKしちゃったけど。どうしよ。どうしよ。どうし
 そのとき、ピコンとメッセージが届いた。
「今日の青いワンピース、素敵でした」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?