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愛なんか、知らない。 第4章④ミニチュア講師デビュー!

 老人ホームでのワークショップ当日になった。
「えーと、き、今日は、おべ、おべ、お弁当を作りむぁす」
 やっぱ、人前で話すのは緊張する~💦
 どもりが全開だし、声震えちゃってるし、変な日本語になってるし。

 娯楽室の一角にテーブルを並べて、ワークショップをすることになった。
 参加した10人は、全員女性だった。年齢は70代から80代。車椅子に乗ったままの人もいる。

「こういう手作りのワークショップは、やっぱり女性のほうがやりたがりますからね」って、職員さんは言ってた。私も女性相手のほうがやりやすいから、ちょっと安心した。
「で、でき、できあがりは、こん、こんな感じに」
 ああもう、話すより、実物見せちゃおう。
 お弁当のミニチュアの見本を見せると、おばあさんたちの顔がパアッと輝いた。

「まあ、かわいい!」
「おいしそうね、本当に食べられそう」
「これ、卵焼き? ちゃんと巻いてるのねえ」
「こんなのをうちらが作れるの?」
「ハ、ハイ、作れます!」
 サイズは6分の1、いつも作っているサイズの2倍にした。時間がないから、お弁当の箱は私が用意した。これは圭さんからのアドバイス。ワークショップはあらかじめ材料をどこまで用意しておくのかが大事だって。

「まあ、曲げわっぱ」
「これ、もしかして、お嬢さんが作ったの?」
「ハ、ハイ、初めて作ったから、出来はあんまり自信ないんですけど」
「そんなことないわよ。キレイにできてる」
「かわいいわねえ。ここにお弁当を入れるのね」
 おばあさんたちがはしゃいでいるのを見て、「作ってきてよかった」って、ホッとした。
 雰囲気が和んだから、やりやすくなった。
 
「えーと、それじゃあ、まずはおにぎりから作りまあす」
 おにぎりは、白い樹脂粘土を三角にして、黒色の粘土を細長く平べったくして、ノリにしてご飯に巻くことにした。ミニチュアおにぎりの簡単バージョン。梅干しは赤い粘土で作る。
 迷ったけど、初回は絵の具を使わずに、色付きの樹脂粘土で作ることにした。打ち合わせで、しょっぱなから作業が多いと、混乱するんじゃないかっていう話になって。今回やってみて、もっと作ってみたいってなったら、少しずつハードルを上げていきましょうってなったんだ。

 おばあさんたちは、せっせと粘土をこねている。
「これぐらいでいいのかしら?」
「あ、まだ硬いですね。もうちょとこねたほうが、形を作りやすくなります」
「意外と力いるわねえ」
「私、梅干しじゃなくて鮭おにぎりにしたい。梅干し苦手だから」
「山田さん、このお弁当は鮭が入るんでしょ? おにぎりも鮭だと重なっちゃうんじゃない?」
「それもそうねえ。ゴマでもかけようかしら。ゴマを散らすにはどうするの?」

 頭がしっかりしている人が参加するって聞いてたけど、意外となじむのが早いな、おばあさんたち。
 私は黒い粘土を、小さくちぎって指先で丸めた。
「これをご飯に散らしていったら、ゴマっぽくなるかと」
「あら~、ホントだ! すごいわねえ」
 おばあさんは嬉々としてゴマをつくり出した。
「あらら、全然小さくならない」
「山田さん、それだとゴマじゃなくて虫になるんじゃない? おにぎりに虫がついてるって、見た人がビックリするんじゃないの」
「ひどいわねえ。でも、確かにどう見ても虫ね、これ」
 おばあさんたちは一斉に笑う。
 楽しそうで、よかった! 

「私は野沢菜おにぎりがいい」
「あ、緑の粘土があるから、できますよ」
「タラコとか、どうかしら」
「ピンクの粘土で、何とか」
「私は俵型のおにぎりにしたい」
「わっぱに入れられる大きさなら、大丈夫です」

 ……おばあさんたち、リクエストが多いな。
「ええと、卵焼きとかも作らなきゃいけないんで、その」
「ホラ、皆さん、おにぎりはほどほどにって、先生が」
 職員さんが助け舟を出してくれる。

「私、息子にこういうお弁当を作ってあげてたわ。懐かしい」
 一人のおばあさんがしみじみと言う。
「野球部に入ってたから、これだけじゃ足りない、肉を入れてくれってよく言われたけど、あのころは肉なんて、そうしょっちゅう買えなかったじゃない?」
「そうそう。ボーナスが出た時だけ、すき焼きしたりしてねえ」
「私なんて、白いお米のおむすびを食べれるだけでありがたいって思いなさいって子供たちにしょっちゅう言ってた」
「そうそう。配給のお米じゃ足りないから、麦を混ぜたり、サツマイモばっかり食べて」
「生きてくのに必死だった、あのころは」
 私には入り込めない戦争体験談。

 おばあさんたちの表情は豊かだ。真剣な顔つきだったり、嬉しそうに目を細めたり。手を止めて、どこか遠い目をしていたり。
 そうだ。おばあちゃんも、キラキラした顔で作ってた。上手にできた時は、「ホラ、見て! うまくできたでしょ」ってはしゃいでたっけ。うまくいかない時は、「もう、私ってホント、不器用よねえ」って情けなさそうにしてて。

 ダメだ。おばあちゃんを思い出すと、泣いちゃう。
 目の端に浮かんだ涙をハンカチでそっと拭ってると、職員さんが「どうしたんですか?」と驚いた顔をしてる。
「あ、ご、ごめんなさい、なんか、亡くなったおばあちゃんのこと思い出しちゃって。一緒にミニチュアを作ったなって」
 私の言葉に、おばあさんたちは一斉にこちらを見る。

「おばあさんと一緒に、こういうのを作ってたの?」
「ハイ、そうなんです。おばあちゃんはおにぎりを作るのが好きで、いろんなおにぎりを作ってました」
「そうなの。いいわねえ。孫と一緒にこんなのを作ったら、楽しいでしょうね」
「うちの孫なんか、かわいかったのは小学校までね。中学校になったら、部活で忙しいって全然会いに来なくなっちゃった」

「そうそう。お正月だけ、お年玉をもらいに来るんだから」
「ホントねえ。ホームに入ってからも、一回しか会いに来てないし。それも、携帯をずっといじってて、いかにもつまらなさそうにしてんだから。あんたのためにいくらお金を使ってあげたって思ってんの? って、言いそうになっちゃった。グッと堪えたけど。私も大人になったもんよ」
 おばあさんたちはそこで爆笑する。私もつられて笑った。

「あなたのおばあさんは、幸せだったと思う。こんなお孫さんに教えてもらえるなんて、おにぎりを作るより、あなたと一緒にいることが楽しかったんでしょうね」
 その言葉に、私の涙腺は崩壊した。
「あらら、皆さん、先生を泣かさないように!」
「すすすみません」
 涙を止めようと思っても、なかなか止まらない。
「お孫さんにこんな風に泣いてもらえるなんて、そのおばあさんは幸せよね」
「ホント、ホント」
 おばあさんたちはため息交じりに言う。
 ああ。このワークショップを引き受けて、ホントによかったなあ。

 私はその後も、時折流れ落ちる涙を拭いながら、おばあさんたちに教えて回った。泣いちゃってもみんな気にしないし、なぐさめてくれるから、心地よい。
 あっという間に1時間経っちゃって、結局、30分オーバーしちゃった。けれど、みんな思い思いにお弁当を完成させて、おおはしゃぎしてた。

「大和田さん、ブロッコリー大きすぎるんじゃない? お弁当箱に入りきらないじゃない」
「いいの。野菜は健康にいいから、たくさん食べないと」
「あら、このおにぎり、顔がついてる。山田さん、かわいいじゃない」
「この焼き鮭、やけに大きくない?」
「だって私、鮭が大好物なんだもの」
 できあがったお弁当を前に、みんなでワイワイと感想を言い合う。

「あ~、面白かった! こんなに楽しいの、久しぶり」
「ホント。またやりたいわあ。先生、次はいつ来るの?」
 私は職員さんと顔を見合わせた。
 大成功! テーブルの下で、小さくガッツポーズをつくった。
 おばあちゃん、私、初めてワークショップを開いたんだよ。おばあちゃんに教えてた時みたいに、楽しくて。また、ここで教えたい! 

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 お母さんはお父さんの会社で働くことになった。
 働いてた時に着てたスーツを引っ張りだして着てみたけど、全然入らなくなっててショックを受けてた。まあ、半分ひきこもりみたいな生活送ってたんだから、当然だよね。
「私は自分の仕事で忙しいから、もう葵を手伝ってあげられないからね」
 キッパリと言われたけど、むしろホッとした。
 お客様とのやりとりや発送作業は、確かに面倒だけど、お母さんにあれこれ口を出されるストレスがなくなっただけで、ずいぶん気持ちは楽になった。

 お母さんはやっぱり働くのが好きなんだな。朝6時に起きてジョギングに行ってダイエットも始めたし、きちんとメイクしてスーツに身を包んだお母さんは、だいぶ太っちゃってるけど、やっぱりキレイ。

「理沙はバリバリ働いてるよ。やっぱ営業に向いてるみたいで、取引先をどんどん増やしてくるから、こっちが発注分の対応をするのが大変になってる」
 お父さんは苦笑交じりに教えてくれた。
 自分の能力を認めてもらえる場所が、お母さんには必要だったんだな。

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