愛なんか、知らない。 最終章⑩戸惑いと、ときめきと。
その夜。心に塚田さん親子と映画を観に行ったことと、塚田さんからのメッセージを報告した。
「でもでも、何かの勧誘の可能性もあるよね? なんか変なものを買わされたり、変な宗教に入りませんか、とか」
「なんでいきなり、怖い想像してるの?」
「だって、私をデートに誘うなんて、そんな珍しい人、世の中にいるはずないし」
「葵、人間不信になりすぎてるよ……。今までつらい思いをたくさんしてきたのは分かるけど。塚田さん、ワンピース姿を褒めてくれたんでしょ?」
「だから、そうやって喜ばせといて、何かを買わせようとしてるとか。それに、私のことを褒めたんじゃなくてワンピースを褒めただけだしっ」
「葵、落ち着いてってば」
心は電話の向こうで、呆れつつも笑ってる。
「話を聞いてる限り、そんな変な人じゃないと思うんだけど。もし、何か変な勧誘してきたんなら、その場で逃げちゃえばいいだけだし。とりあえず、一回二人で食事してみたら?」
「心がそんなことを言うなんて思わなかった……」
「じゃあ、僕に止めてほしかったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。意外っていうか」
「だって、葵、その人のことを話してる時は、楽しそうだから」
うん。その通りなんだけどね……。
「でもでも、どんな会話すればいいか、分かんないよううう」
「ミニチュアの話でいいんじゃない?」
「それは、塚田さんが分からないだろうし」
「ワークショップや教室でどんなことを教えてるとか、どんな生徒さんがいるとか、話せばいいんじゃないかな。それか、塚田さんの仕事のことを聞けば?」
「いきなり仕事のことを聞いてもいいのかな」
「もう何度も会ってるんだから、大丈夫でしょ。鈴ちゃんと休みの日は何してるんですか、とか」
「うーん。やっぱ、心も一緒に来てくれない?」
「それ、やっちゃダメなやつでしょ。僕を連れて行ったら、警戒されてるって思うじゃん」
「そうかもしれないけど」
心は電話の向こうで、ふうっと息をついた。
「大丈夫だよ。だって、葵、その人と会うのは嫌じゃないんでしょ?」
「えっ、うん、それはそうだけど」
「もし、二度と傷つきたくないって思ってるのなら、話は別だけど。葵の話し方から、そんな感じではなさそうだし。もうその塚田さんって人のことを受け入れてるように感じる」
「それは……」
確かに、会いたくなかったら、こんなにパニクらないし。
「葵、何度も言うけど。葵は悪くなんかないんだよ。1㎜も。悪いのは、葵の作品をパクったアイツだから。もう、そんなヤツのために自分の時間をムダにしないでほしい。いい人が現れたら、その人とちゃんと向き合ってほしい。葵を大切にしてくれる人は、絶対どこかにいるんだから。もしかしたら、塚田さんがその人かもしれないし」
思いがけず心が強い口調で言うから、私は黙って聞くしかなかった。
「もう行きますって返事したんでしょ? 行ってきなよ。純子さんが聞いたら、きっと喜んで『行ってきなさい』って言うと思うよ」
「う、うん、それは私も思う」
「その人はもう、普段の葵のことも、それなりに見てくれてるだろうし。素のままの葵でいればいいんだよ」
「うん、ありがとう」
心はいろんなエールを贈ってくれた。
電話を切って、ベッドに顔をうずめる。
そういえば、圭さんと一緒にちゃんとした食事をしたことってないかも。ワークショップの助手をしてる時は、一緒にカフェでランチを食べたりしてたけど。あれは仕事の延長上だし、佐倉さんも一緒だったし。男の人と一対一で食事をするのって、もしかして初めてかもしれない。
あれは、恋愛じゃなかったんだな。今なら、それが分かる。
二度と傷つきたくない、か。
あんな思いは、二度としたくない。
でも、人を信じる想いまでなくしたくはない。
私、塚田さんのことを信じてみたい。
ううん、たぶんもう、信じてるから、私はOKしたんだろうな。
塚田さんが選んでくれたのは、イタリアンだった。
何を着て行ったらいいのか分からなくて、優に相談した。あ、心じゃなくて優に相談したのは、優は恋愛経験が豊富だから。
優は画面の向こうで完全に面白がってた。
そのお店が高くもなく安くもない、ちょうどいい感じのイタリアンであるとすぐに調べて、「その人、なかなかいいセンスしてるかも」と評価した。
それから、そのお店に合いそうなファッションを選んでくれた。いつの間にかスチュワートさんも参加して、「葵さんがデート? いいね!」と二人で盛り上がってる。
よそゆきの服を何着か見せたけど、どれも「それだと、硬すぎ」「色が地味だなあ」「会社の面接じゃないんだから」と、二人からツッコミが入る。
結局、青いワンピースを「それが一番いいんじゃない? 葵の清楚な感じが出てるし」と優は推してくれた。
「でも、この間、映画を観る時に着たばっかで」
「カーディガンやジャケットを羽織ったり、腰にスカーフをまけば、印象はガラッと変わるよ。アクセサリーとバッグも変えれば、この間と一緒だとは思われないんじゃないかな」
「そうかなあ」
「男の人って、そういうの鈍感だし。大丈夫、大丈夫。スチュワートも、そういうの、全然気づかないよね」
優の言葉に、スチュワートさんはおどけて肩をすくめる。
それから、優は真剣な顔になった。
「葵、私もスチュワートに会って、丸ごと自分を受け入れてくれたから、すごくラクになれたんだ。スチュワートは、私のいいところも悪いところも全部受け入れてくれる。そういう人がいてくれるのって、とっても心強いんだ。自分が強くなれた気になるっていうか。葵にも、そういう人に出会ってほしい。ううん、出会えるから、絶対に。もし、その人が葵を泣かせるようなことをしたら、私がアメリカから飛んで行って、ボコボコにしてやるからね」
優は親指を立てる。
「うん。ありがとう」
圭さんのことは、今でも思い出すたびに胸がギュッと締めつけられる。それでも、ようやく、その痛みが少しずつやわらいできた気がする。
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