愛なんか、知らない。 第7章⑥モヤモヤ×2
「う、うーん、そう言われても」
「この写真集の他の写真も取り入れてもいいし、スマホで画像を検索してもらってもいいけど」
「……」
どうしよ。アレンジするってことは、アイデアを代わりに考えるってことになるよね。コンテストに出すのに、そんなことしていいの? なんか、おかしいぞって私の中の警告ランプが点滅してる。
私は黙り込んでしまった。
そんな私を見て、圭さんは、すっと体を離した。
「ごめんね、変なこと頼んじゃって」という目。今まで見たことがないぐらいに冷ややかで、ドキッとした。
「あ、いえ、ミニチュア作るのなら、喜んで手伝いますよ。でも、なんか、アイデアを代わりに考えるのって、なん」
「アイデアが出てこないんだっ」
圭さんは吐き捨てるように言った。
「実はさ、僕、今、すごいスランプなんだ。何にもアイデアを思いつかないし、自分のイメージ通りに作れないし。抜け出したくてもがいてるんだけど、ダメでさ。もう、どうしたらいいのか分かんなくて……」
椅子に弱々しく座り込んで、顔を両手で覆う。
「もう、前みたいに作れないのかな」
「そ、そんなこと」
圭さんはしばらく顔を上げなかった。
「……ごめんね、こんな暗い話をして。こんなこと言われても困るよね」
え、涙声……?
「日本クリエイター展で入賞できれば、復活できるかなって思ったんだけど、そんな甘くないよね」
ぐすんと鼻をすする。
どうしよ。圭さん、泣いてる?
荒れてたころのお母さんを思い出す。あの時の、どうにかしたくても自分ではどうしようもなくて、もどかしくて、苛立ってるお母さん。私は何もできなかったけど。
「ごめんね。今日はもういいから」
圭さんはゆっくりと顔を上げて、目の縁を拭う。目が真っ赤だ。
「変な姿、見せちゃったね」
ムリに笑って見せる。
胸がギュッと締めつけられた。
私の見てきた圭さんは。
いつも楽しそうで、幸せそうで、自信に満ち溢れてて。どんな時も笑っていた。わがまま言って拗ねてることもあったけど、そんな姿もなんか可愛くて。
でも、今、目の前にいる圭さんは弱々しくて、打ちのめされてて。
こんな圭さん、初めてだ……。
「あの、あの、圭さん、バリ島に旅行に行ったことはありますか?」
「え?」
圭さんはキョトンとした。
「うん、大分前にあるけど」
「じゃあ、その時に撮った写真はありますか? 写真集を参考にするより、自分で撮った写真のほうがいいんじゃないかなって」
「あー、確かに。パソコンに画像、残ってるかな」
テーブルの隅にあったノートパソコンを開いて、しばらく探していた。
「あ、あったあった。建物の写真も結構あるね。こんな感じだけど」
圭さんはパソコンの画面を私に見せた。
「そうですね、この家にもファンはあるし……あ、こっちの家のインテリア、素敵」
「これはコテージだね。ここに泊まったんだけど、よかったなあ」
「じゃあ、この画像とこの画像を組み合わせるの、どうですか?」
私はスケッチブックを開いた。
「床も壁も木製で、インテリアも全部木製にして、テーブルセットの椅子は籐にして、部屋の隅には観葉植物があって……ソファには大きな布がこんな感じでかけてあると、雰囲気出るかな。これ、屋根は木でできてるんですか?」
いつもの調子でスケッチブックにサラサラとスケッチしていった。
「すごいね、さすが葵ちゃん。僕がイメージしている以上だよ!」
圭さんは背後からのぞき込んで、すっかりテンションが上がってる。
結局、3枚のスケッチを描いた。圭さんは「どれにしようかな」と嬉しそうにしている。
「トルソーは置かないんですか?」
「もちろん置くよ。アジアンチックにしたトルソーを作るから。僕の新境地」
「そうですか」
「これで、何とかなりそうな気がしてきた! 葵ちゃん、ありがとう」
圭さんは右手を差し出した。
握手を求められてるのだと一瞬分からなくて、慌てて右手を出すと、圭さんはその手をギュッと握りしめた。ちょっと汗ばんだ、暖かい手。
「あ、今日の分の時給は払うから、何時から何時まで働いたって、メモしといてね。どれでいくか決まったら、材料を買って来るから、一緒に作ってもらえるかな?」
「あ、ハイ」
「やっぱり、葵ちゃんに頼んでよかった! これで素敵な作品が作れそう。久しぶりに、元気が出て来たよ」
くったくのない笑顔の圭さんを見て、「これでよかったんだ。きっと」と思った。
あのころ、圭さんにはいろんなことを教わったし、その恩返しって思えばいいのかな。これで圭さんが立ち直れるなら、力になれるなら、嬉しいし。うん。
まだモヤモヤは残ったままだけど、私は何とか自分を納得させようとした。
「それって、葵のアイデアを使って作品を作ることになるんじゃない? いいの?」
心に言われて、「うん……どうなんだろ」と私は返した。
心が作ってくれたタラコパスタと野菜いっぱいのポトフを食べながら、私は圭さんの作業場であったことを話した。
「人のアイデアでコンテストに出してもいいの?」
「うーん、ホントはよくないんだろうけど……でも、私が何も言わなかったら、私のアイデアだって分からないし」
「そりゃそうだけど。葵はそれでいいの?」
「うーん、ホントは自分でも微妙で。だけど、圭さんにはお世話になってたし。ミニチュアをいろいろ教えてもらって助かったし、圭さんのワークショップで井島さんに出会ったから、教室を開けたんだし。そう考えたら、今回だけはいいかなって。恩返しのつもりで」
「葵も手伝ったって、一緒に名前を出してもらうとか」
「うーん、それは圭さんが嫌がるんじゃないかな。圭さんの作品として出品したいんだろうし」
「本人としてはそうだろうけど、葵はそれで納得できるの?」
「うーん。納得するしかないんだろうね」
「純子さんに相談したら?」
「それも考えたけど、圭さん、ミニチュアの業界での評判はよくないみたいだし。もっと悪い噂が広まるかなって」
「悪い噂っていうか……やっちゃいけないことをやろうとしてる気がするんだけど」
そうなんだけどね。そうなんだけど。
それは分かるけど、もうスケッチ描いちゃったし。
「それに、そんなことを強引にする人、気を付けたほうがよくない?」
「うーん、でも、圭さん、スランプに陥っててすごく苦しんでるみたいだし」
「それなら、最初からそう言って普通に頼めばいいじゃない? 最初は何も言わずにやらせようとしてたんでしょ」
「うーん、そうなんだけど……」
私もそこは引っかかってる。ってか、全部引っかかってるかも。
「その人、ホントに信頼して大丈夫なの?」
「うーん、前の圭さんだったら、信頼して大丈夫なんだけど」
「今は違うんでしょ?」
「うーん」
「うーんばっか言ってるよ、葵」
「分かってる、でもさ」
あんな真っ赤な目の圭さん見たらさ。断れないよ。
「大丈夫。これ以上、何か変なこと言われたら、手伝いをやめるからっ」
ちょっとイラっとして、言葉尻が強くなっちゃった。心はすぐにそれに気づいたみたいで、「そっか、分かった」と話を終わらせた。
その後、二人で黙々とパスタとポトフを食べる。
大丈夫。そう、これ以上変なことを押し付けられたら、やめればいいんだし。ちょっと手伝うだけだから大丈夫だよ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?