ジョン・W・ダワー著 猿谷要監修 斎藤元一訳 『容赦なき戦争 太平洋戦争における人種差別』 平凡社ライブラリー
何年か前に書店に置いてある岩波の新刊案内で本書の著者の作品『敗北を抱きしめて』を目にして、ずっと気になっていた。何事も巡り合わせというものがあって、これまで読む機会がなかった。先日、何かの弾みで、本書と『敗北を抱きしめて』を買った。まずは短い方から読了した。
本書は読み物としては冗長な印象が拭えないが、前半は惹きつけられるようにして読み通すことができた。本書の第一章は「人種戦争のパターン」という題で、その第一節は「第二次世界大戦が意味するもの」である。その中にこうある。
戦争は外交の一形態だ。国家という単位での自他の認識の下、他者に対する交渉の一形態、しかもほぼ最終手段としての武力行使だ。当然、武力行使が一方的なものに終わるはずはないわけで、目的となるのは相手の殲滅ということになる。ここでの「相手」が何者なのか、ということが一つの問題だ。たいていは個々の交渉相手国にとどまることはなく、さまざまにさまざまなことと関連している。
本書では太平洋戦争における米国の対日戦の「人種戦争」という側面に着目している。内容に違和感はないのだが、「人種差別」という副題を付けて改めてこんなふうに書かれると少したじろいでしまう。自分もちょうど昭和天皇の崩御の前後、日本経済がバブルに躍り良くも悪くも世界中の注目を集めていた時期に、イギリスの大学院に在籍していたり、その後は外資系企業を転々として、いわゆる「人種」というものについての彼我の意識とその変遷を実感しているつもりである。そうした実感を踏まえて、「ま、そうだろうな」とは思うのであるが、人種という側面だけを取り出して論じられてしまうと「そうかなぁ」とも思うのである。
太平洋戦争と1960年代後半以降の日米貿易摩擦との関連を論じているところも興味深くはあるのだが、人種というのは関係性を構成する複合的要素の一部でしかないことがもっと強調されて然るべきだと思う。人が社会的動物であって、自他の別の中を生き、その時々の価値判断というものがある限り、偏見や対立と無縁でいるわけにはいかない。だからといって、自他の境界や価値の尺度を過度に単純化すると現実からは遠のいてしまう。戦争ゲームと戦争とは別物だし、人生ゲームと人生も然りだ。
ゲームなら途中で和解ということはないし、決着をつけるからこそゲームでもある。しかし、ルールを変えると同じ道具で別の遊び方もできるし、優勢劣勢を逆転させることもできる。戦争にも人生にもゲーム的な側面は当然ある。しかし、ゲームは現実とは違う、と自分は思うのだが、世相のほうはそうでもないような印象も受ける。物事をわかりやすさだけに頼って単純化することで抜け落ちる諸々の中に看過すべきではないことがたくさん含まれているのではないか。
本書第3章「戦争憎悪と戦争犯罪」の第1節は「日本人がナチスより凶暴とされたのはなぜか」である。
「なぜ戦うのか」シリーズというのは、米国陸軍の要請によりフランク・キャプラが制作した兵隊向けのプロパガンダ映画のことである。ちなみに、このシリーズの第一作『戦争への序曲』はフランクリン・ローズベルト大統領の指示で一般公開され、1942年の最優秀ドキュメンタリー作品としてアカデミー賞を受賞している。
この章では以下の節が続く。
真珠湾攻撃の衝撃(84-86頁)
無差別爆撃への非難(86-90頁)
連合軍による無差別爆撃(90-92頁)
日本軍がまき散らした死と憎悪(92-95頁)
自国民にまで及んだ殺戮(95-100頁)
強制労働への動員(100-104頁)
捕虜の虐待(104-111頁)
そして「日本人絶滅政策」(111-117頁)に続く。
自分は戦争というものを経験していないので現場の実感を想像することができないのだが、些細なことで激しい憎悪の感情をあからさまに表明する昨今のネット世論を見聞きすることから類推するに、敵国丸ごと絶滅するべしとの政策が現れることに不思議はない。1990年代の旧ユーゴスラビアでの内戦でも特定の民族の殲滅を目的とした「ethnic cleansing(民族浄化)」と呼ばれる虐殺行為が報道されている。
さて、その「日本人絶滅政策」だが、日本の主要都市にあまねく無差別爆撃を実施した上で、原爆を2発使用、その効果が認識された上でさらに複数の原爆使用が準備されていたとみられることからも、そうした政策の存在は明白だ。本書では本節は以下のような書き出しになっている。
戦争というものは結局のところは殺戮合戦なのだから、長期化すれば敵に対する憎悪が激しさを増すのは自然なことだろう。本書ではさらに以下のように続く。
私がイギリスの或る大学院に修士課程の学生として在籍していたのは1988年9月から1990年7月にかけてである。この時期、日本はいわゆるバブル経済に躍り、我世の春を謳歌しているかのような様相であった。当然、欧米からは不公正な貿易慣習や商慣習を指摘する声があがっており、あたかも何か不正があって国際競争を勝ち抜いているかのような印象を持たれていた。普段の付き合いではそれほどでもなかったが、クラスでの討論では日本の「特殊性」とか「不公正」が話題になることも少なくなく、そうした場合に「あの時あと数発原爆を落としておくべきだった」というような発言も実際にあった。しかし、日本と同じように急速な復興を遂げて国際競争力を増していた西ドイツについては、そうした悪意のある取り上げられ方をすることは無かったように思う。そして、日本にだけ悪意のようなものを向けられることを、なぜか私は不思議だとは感じなかった。今、こうして当時のことを書いていて、なぜ不思議だと感じなかったのか、不思議に思うのである。
本書では、敗戦国である日本と西ドイツとの連合国側の見方の違いについて、以下のように書いている。
つまり、だから一部の州に在住していた日系アメリカ人は戦時中、強制収容所に移住させられたのである。ドイツ系やイタリア系の人々はそのような目には遭わなかったにもかかわらず。本書では特定の対象を人間以外のものと見做す心情について興味深い事例を挙げている。
要するに、自他の別の基準をどのように設けるかの問題だ。自他の間の差異を超え難いものとすることで、その他者に対して無慈悲でいられるようになる。旨いの不味いの言いながら牛や豚や羊や鶏の肉を食い、生きがいいの悪いの言いながらマグロに舌鼓を打っている和かな食卓に生き物を殺戮した罪悪感を覚える人はあまりいないだろう。
自他の違いの基準を生物的特徴に求めてしまうと、都合の悪いこともある。太平洋戦争においては中国が連合国の側だった。にもかかわらず、当時の米国移民法は「アジア」を一括して認識しており、中国人が特別扱いを受けることはなかった。たまたま中国国内が一枚岩と言える状況にはなく、国共紛争に加え日本の傀儡政権もあって、そうした複雑性を理由に中国系移民排斥政策を継続できた。しかし、このことは人種をネタに地政学上の勢力図を描くことへの限界をも示した。結果的に、太平洋戦争後、アジアの欧米旧植民地は相次いで独立し、人種差別的な施策を表立って実施することが困難な方向に世情が変化していく。欧米内部においても有色人種の置かれた立場は変化した。
本書の原題は"War without Mercy"だが、誰にとって「無慈悲(without mercy)」だったのか、という点についてはいかようにも読み解くことのできる深さがある。本書が考察の対象としているのは太平洋戦争だが、執筆されたのは1986年で、その間に先述の植民地独立、東西冷戦と第三世界の地政学上の位置付けの変化、さらにそうした変化を背景にした旧枢軸国の急速な戦後復興と西側陣営への組み入れ、その他諸々の変化が連鎖的かつ相互作用的に進行した。その1986年の時点では、米ソという超大国の関係を軸にした地政学上の図式を描くことができ、結果として人種という視点の重要性は薄くなったかもしれない。事実、そこからさらに現在に至る約35年の間に、米国では白人ではない大統領が誕生し、英国ではイスラム教徒で非白人のロンドン市長が誕生した。しかし、こうしたことが人種問題がなくなったことを意味するわけではないだろう。例の感染症が蔓延する中で、欧米でアジア系住民が非アジア系住民から差別的態度を取られた事案は多数発生している。おそらく、差別と区別が識別されることはこの先もないのだろう。
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