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和田誠 『お楽しみはこれからだ 映画の名セリフ PART3』 国書刊行会

何事にも程というものがある。続き物の本とかドラマとか映画などがあるが、大概は最初が面白くて、回を重ねる毎にそれほどでもなくなる。本書のシリーズはPART6まで予定されているが、このあたりでやめておこうかなと思っている。

PART1、2ときちんと比べたわけではないが、印象として本書はセリフよりも俳優についての和田の想いに記述の重点が移っている。そうなると、その俳優への関心が薄い、あるはそもそも知らない場合、読んでいて引っ掛かるものがないということになる。本書の原典は『キネマ旬報』に1973年から1996年まで連載されたエッセイなので、書かれた時点においては読者の側にも和田と映画経験を共有していた人が多かったはずだ。しかし、それから何十年も経て同じだけの興味関心をその時代の読者に呼び起こすことができるかどうかは別の話になる。

あとがきによると、本書にはPART1、2にはない新趣向が加えられた。

項目から次の項目への橋渡しを、シリトリのようにつないでゆく、というもので、いくらかこじつけもないではないが、どうやら最後の項目が最初に戻る形で輪のようにつながった。

246頁

本書は見開きで一つのまとまった内容になっている。ある項で語った中の例えば俳優に関することで次の項が書かれる、というようなことだ。その鍵になる事柄が俳優、監督、作中で使われた音楽などの小道具類、といったものである。それを「シリトリのようにつないでゆく」と言っているのだ。しかし、それも映画というものに興味関心があれば面白いかもしれないが、そうでない読者には「なるほど、そうですか」というより他に反応のしようがない。

そんなわけで、本書の前半は自分にとっては何事もなく淡々と流れていったのだが、漸く164ページで「おっ」となった。『哀愁(原題:WATERLOO BRIDGE)』の登場だ。1940年の作品なので公開時に観たはずはない。今となっては理由がわからないのだが、学生の頃、やたらと名画座に足を運んだ時期があった。そうやって観た作品の中で印象に残ってその後もレンタルビデオなどで何度も観たものがある。一番たくさん観て、今も手元にDVDがあるのが『アパートの鍵貸します(The Apartment)』なのだが、その次くらいが『哀愁』かもしれない。初めてロンドンを訪れたとき、真っ先に向かったのはWATERLOO BRIDGEだった。今見ればなんでもない橋なのだが、「ここかぁ」と感心して眺めたのを覚えている。

本稿の見出し写真はそのWATERLOO BRIDGEから眺めたテムズ川上流方面の風景。初めて訪れたのは1988年6月下旬だが、この写真の撮影日は2008年12月31日の夕方。右に写っている船はTS Queen Mary。映画が公開された頃はここではなくスコットランドのクライド川を現役客船として航行していた。2008年時点では保存船としてここに係留されていたが、今はスコットランドに戻り、2024年に運行再開を目指して諸々準備中とのこと。

本書後半に登場する作品で『アラビアのロレンス(LAWRENCE OF ARABIA)』も印象深い。この作品は自分の生年と同じ1962年公開なのだが、ロンドンの映画館で1988年から1990年の間のどこかで観た。たまたま街をぶらぶらしていて、映画館の大きな看板を見上げていた。すると、その看板の下、映画館出入口の前で小柄なおじさんがおいでおいでをしている。近づいてみると、観たいかと、言うのである。別に観たいわけではなく、古い映画なのにこんなにデカい看板を出すんだなぁ、と思って眺めていただけだったのだが、そんなことを説明してもしょうがないので、観たいと答えたら、観ていきな、と言って中に案内してくれたのである。観終わって出ていくとおじさんがいて、どうだったと言う。いゃー感動した、というと、そうだろう、と嬉しそうだった。結局、タダで観たのである。その後、湾岸戦争があって、アラブという地域のありようについて考えさせらたこともあり、この作品はやはり何度も観た。「クニ」とか「国家」というものについての考え方は、それぞれの人々の歴史的体験に基づいてそれぞれに異なるものだという、当然のことを気づかせる作品だと思う。

本書終盤238ページに登場するのが『ローマの休日(ROMAN HOLIDAY)』。観た回数だけで言えば、自分史上最も多く観た作品で、押入れのどこかに台本付きDVDもあるはずだ。以前にも書いたが、勤め帰りに映像翻訳の学校に通った時期がある。その学校での何かの課題が本作のシーンに自分なりの字幕をつけるというもので、その台本を見ながらDVDを何度も繰り返し観たのである。しかし、作品としてはただ楽しいだけのものにしか見えなかった。楽しいだけのどこがいけない、と言われても困るのだが。

一度だけしか観ていないので、細かいことは記憶にないが、観たということだけははっきり覚えている作品がある。本書の最初の方、22ページに登場する『恐怖の報酬(LE SALAIRE DE LA PEUR)』だ。高校の文化祭で映画部が上映したのがこの作品だった。1953年の作品で、どのような理由でこの作品の上映が決まったのか知らないが、高校生というのはこういう難しい作品を観て何事かを語らないといけないのか、と妙なプレッシャーを感じた。しかし、何事も語れないままに3年間を過ごし、今もって何も語ることのできない人間である。

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