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ドリアン香水

ここは、マレーシアクアラルンプールの空港、一組の夫婦が空港ターミナル内をうろうろしていた。

「ペナン島あっという間に終わったわね」
「うん、楽しかったな。残念ながら夜行性のコウモリは見られなかったけど、代りに最終日の昨日ちょっと遠出した先で、珍しい蝶が見れたからいいか。さて、あとは日本に帰るだけだ。しかし、今から4時間もクアラルンプールの空港でトランジットの待ち時間があるのか、さてどうしようか?」
「ああ、それはショッピングに決まっているじゃないの」
「買い物か、でも会社などに持っていくバラマキ用の土産は、昨日全部買ってなかったか?」

夫はそう言いながら、面倒そうな表情をする。
「これからは、もっと大事なところなの。実は香水を買って欲しいと、頼まれたのよ。今回、帰りにトランジットの4時間あるのを知ってたから、引き受けちゃった」
「香水? なんでマレーシアに来てまで、そんなもの買う! どうせ、西洋の高そうなブランドのものだろう。そんなもの別に日本でも買えるだろうに。まさか、ドリアンの香りがする香水とか売ってるのか?」

「バカなこと言わないの」といいながら妻は不機嫌になる。

「そう、思い出したわ。ドリアン食べたいって言って、シーフード屋の屋台で勝手にパック詰めのドリアン買うし。さらにその日のうちに食べるのかと思いきや、ビール飲んだら食べられないとか言って、ホテルの冷蔵庫に入れぱなしにして一日そのまま」
「仕方ないだろう。食べたかったんだ。でなくてもあの時、日本では食べることのない青い熱帯魚を食べるのを、皆に拒否されてイライラしていたんだ」
「当り前よ。 ああいう青い魚の中には、毒を持っているのがいるらしいって一緒に食事をしたあの人たちから聞いたわよ」「それ、多分別の魚だろ。でなきゃあんなところで売ってない」
「でも気持ち悪い! 青い魚なんて食べたくない!! いやそれより、ドリアンよ。慌てて昨夜食べたけど、種とかそのままにしていたから、ホテルの部屋中にドリアンの匂い部屋に充満して、本当に臭かった。大体、酒とドリアンの食べ合わせなんて実は迷信だってこと、ちょっとネットで調べたらわかるようなものなのに。『買ったならその場で食べろよ! 』 と思ったわ」

不機嫌気味になった妻を宥めようとしながら、夫は言い訳をする。
「いやいや、確かに昨日の夜まで食べなかったのは、確かに悪かったけど、でもあれも考えて見たら、一種のフレグランスだろう?  悪臭なんてのは人間の勝手な思い込みかも知れないんだぜ」
「はあ?」
「例えば、もしドリアンが喋ったら、あれは香水だと言い切るに違いない。自分の体液、いや果汁からでている香りだから、香水だ。俺やシーフード屋で、ご一緒した先輩方から出て来る体臭よりは、間違いなく良い香りに違いない」
「何言ってるの? あれは、絶対ドリアンの体臭よ。あっ果実臭の方が正しいか! でも何であんな臭いなんだろう。もっとほかのフルーツのよな、甘さを感じるような心地よいフレグランスだったら、もっととっつきやすいのに。味は、確かに美味しいのにね。」
「それは、ドリアンが果物の王様だったとか聞いたことがあるが、多分それが理由だろう。多分我が道を行くみたいな。彼らにとってはこの強烈な臭いこそが、もっとも素晴らしい香り、フレグランスだ。 他のやつのは香りが中途半端で弱くて話にならん。 『このドリアン様のような、インパクトがある香りを放つ者こそが、王者なのだ』とかね」

「ハイハイ、もうわかった。そんなこと言っていたら店の前に到着したわ。実は頼まれた友達がいうには『マレーシアには、イスラムつながりで日本にない中東の香水が売っている』んだって。銘柄も聞いてメモしてあるから大丈夫。 せっかくだから私もその中東の香水、どんなのか試してみようかな」

と、嬉しそうに免税店の中に吸い込まれる妻。 残された夫は、店の中には入らず、いっそのこと誰かドリアン臭の香水でも開発したら面白いのにと、一人頭の中で呟いた。

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