ナイトメア・アリー、野望と挫折の先。
美術と撮影がいつも美しい、デルトモ監督。今回は移動カーニバルの妖しさ、あざとさが、匂ってくる。
英語版のポスターを見て、気づいた。登場人物の特徴が描かれている。
スタンには、欲望Greed、羨望Lust、天国と地獄
クリンには罪Sins、ジーナには読唇者Mentalist、
モリーには電気Electra
ん?「エレクトラ」って聞いたことがあるぞ。
そこで、この映画の深層心理、もしくは夢判断について深堀してみた。
ここから先はすでに鑑賞済の方むけです。未見の方はネタばれを含むのでご注意ください。
火事の記憶
私はストーリーの狭間に差し込まれる「火事」が気になって仕方なかった。
冒頭、何かから追われるように逃げてきた男・スタン。
(追想)ベッドに横たわる父とは心を通わせているように見えず、親子の絆は、はかなげ。
バスを降り見知らぬ町にたどり着いたスタン。そこへ、サーカスの「獣人」の呼び込みが…
おぼろげの記憶だが、「火事」のシークエンスは三回登場した。
一度目はひとりでバスに乗り、荒れ地に流れてつくとき。燃えさかる炎の中で静かに椅子に座る男は、まさに「過去から離れ、新しく築く」心象風景か。
二回目「火事」は読唇術ショーが成功をおさめ、次のカモに裕福な男を紹介してもらったあと。「しがらみからの解放、成功への基盤」に燃えている。
三回目「火事」は一文無しにもどり、貨物列車に逃げ隠れズタボロになりはてたとき。「火事」の前に、父を故意に死にやったともとれる情景と愛用していた腕時計が大写しになり、そして炎の実家から逃げる男。ここで初めてスタンが実家に火をはなったかもしれない、と観客に示してみせる。
エレクトラ・コンプレックス
モリーは父親が亡くなってから、父の友人”大男と小男”に守られている。
あどけなく、頼りなく、依存心の強い性格で、よく読書しているのは想像や妄想など、夢見がちな若い女性の設定だろう。それはつまり、父親のような存在の年上の男性に守られるエレクトラ・コンプレックス(日本語ではファーザーコンプレックスと訳される)だ。
自分の意思を持つことなく、従順だったモリーが「嫌よ。『幽霊ショー』はやりたくない」とはっきりと意見を言ったところから、スタンとの亀裂がはじまるとは、皮肉なものだ。
一方、スタンと父との過去の対立については、エディプス・コンプレックスになぞらえて、スタンが年上の女性に惹かれる(性愛的に)さまを描いている。最後にはそれが命取りになるのだが。
アルコール依存症
もうひとつのスタンの転落の原因は酒だ。カーニバルで「こっちがエタノール、そっちがメタノール、タダ酒飲むなよ」とクギをさされたとき、スタンはこう答える。
I never drink alcohol.
しかし、大金と名声を得るきっかけのシーンでは、リリス博士に酒をすすめられ、同じくこう答えるのだが、
I never drink alcohol.
”NEVER” ”絶対”?
バカラグラスのなかでゆらめく、琥珀色の液体が大写しになる。
(ああああぁぁぁ 飲みてぇ)スタン、心の叫び!!! 冷たく微笑を返す女。
余談だが、字幕の松浦美奈さん、いい仕事してはるよね。
リリス博士に依存症傾向を知られてしまうのである。精神科医に病歴を知られたら、もう破滅に向かって落ちるしかない。このワンシーンうまいよなぁ。この数秒のシーンだけで、バーボンウィスキー・独り飲めそうだ。
それに、ブラッドリー・クーパーは酒におぼれてなくっちゃ!というほど、「アリー/スター誕生」でもアル中役どころがハマっていたし、ね。
以上、いろいろ闇と病がもりだくさんの悪夢小路であった。
デルトモ監督の世界観とノワール・ミステリーが、夕闇にきらめくカーニバルのような映画だった。
ナイトメア・アリー Nightmare Alley ★★★★☆4/5
2021年 アメリカ
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、
ウィリアム・デフォー、ルーニー・マーラー
字幕:松浦美奈
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