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やさしい猫/少年と犬 311震災の前に

三月初めに、猫と犬の小説を読んだ。
どちらも東日本大震災あとに紡がれた物語。あの震災で失なわれたひとやものは大きな悲しみだった一方、新しく結ばれた絆や希望もちっぽけだがあった。

やさしい猫

この小説には本物の猫は一匹も出てこない。はじまりはこうだ、

きみに,話してあげたいことがある。

「やさしい猫」書き出しの一行

少女が1人称で語りかける「やさしい猫」の前半、スリランカ出身クマさんとの出会いと再会、好奇心と面白み、母ひとり娘ひとりの家族のささやかな幸せが描かれる。スリランカ民話「やさしい猫」の逸話は
“えぇ?そりゃないだろぅ… ” だが、ほっこりした空気感に包まれる。

--大きな森のベンガル菩提樹の木のうろに、ねずみの家族が住んでいました.お父さんと,お母さんと,子どもが三匹,仲良く暮らしていたのです.
(中略) ある日,食べ物を探しに行ったはずのお父さんが,夕方遅くなっても家に帰ってきませんでした.   

“やさしい猫”

ところが、中盤、母娘は一気に厳しい壁にぶち当たる。

 “ある日、ケーキを買いに行ったネズミのお父さんが、夜おそくなっても帰って来ませんでした。”

、、、と、民話と同じく、クマさんは帰ってこられず、母娘にはつらく先が見えない試練が待っていたのだった。

  • ニューカン 

  • ニッパイ

  • ザイカ

上記の呼び名は、私たち自身(外国人をパートナーに持つ)にとってはリアルだ。それぞれ下記のことを指す。

  • 入国管理局

  • 日本人の配偶者等

  • 外国人在留カード


  • 難民認定のためではなく、難民「不」認定のための面談

  • 生まれてすぐに仮放免扱いの子供たち。
    普通の日本人は知り得ない、外国人が日本に棲みづらい背景とビザの関係が克明に記される。

そうして物語の終盤、最終章で弁護士が語りかける公判中の言葉が胸を刺す。最後の最後に、少女が話しかけていた「きみ」がいったい誰なのか明かされる。

これは、東京の片隅の、小さな家族の小さなケースです。でも、この裁判は、日本の社会に根を下ろして生きていこうとする外国籍の人々に対する国の姿勢を問うものです。  

きみの名前

3月6日、スリランカ出身のウシュマさんが入国管理中に亡くなった事件からちょうど1年。
私たち日本人は「やさしい猫」の親猫のように、マイノリティを守るやさしさ、寛容さを持つことができるだろうか。

扉絵はスリランカの練乳入の甘いミルクティー


少年と犬

馳星周のノワール小説は「不夜城」時代からよく読んでいた。不良外国人、中国マフィア、薬物常習者,アルコール依存症,賭博狂,娼婦,DV,そして近親相姦ーーいくつかの小説では、はみ出し者の主人公は暗黒社会を生き抜こうと、もがけばもがくほど、闇に沈みやがて葬られる。救いようのない終わりかたが痛すぎて、少し距離を置いてしまっていた。

ところが、直木賞を獲った「少年と犬」は犬を飼うすべての人にフェアで、優しさに包まれた小説だった。

「男と犬」から「少年と犬」まで、一匹の犬が主役であり狂言回しだ。各編を結ぶ共通項は2つ。各短編の主人公はそれぞれ社会の負け組であるが、ぐうぜん、犬「多聞」の飼い主となり、改心し人生を生き直そうとした矢先に不運に襲われる。もうひとつの共通項は女性がみな働き者であること。老親の介護をする姉、弟を食わせるために春を売る少女、農作業と家事を一人でこなしていた老妻など女たちはみな逞しい。それに比べて、男どもはどうしてこうも不甲斐ないのか。ほんと愚かな動物やわ(そこがまた可愛くもあるのだが、はて)。

それに比べて、震災あと、もっとも会いたかった”初恋のひと”に五年もかけてけなげに追いかけてきた「多聞」は尊いのだ。別れはあるが、希望を映す終り方に、安らかな気持ちになった。





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