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9月の読書:恐るべき子供、キャッチ・アンド・キル

9月中旬から10月にかけて、翻訳ものがすり寄ってきた。いずれも、映画界の暴露ものノンフィクションで「へぇー、そうだったの」と「えっ、まさか!」が交互に波のように押し寄せる重めの物語が続いた。ヘタの読書好きの私だが、書棚は限りあるため図書館の予約本を愛用しており、読みたい本の優先順位は私ではなく、図書館司書が決定するのだ。不思議と傾向がシンクロすることが多い。つまり、今秋は半生を振りかえりなさいってこと?
とにかく、10月は気楽に読めるものが近づいてきますように。

※以下、ネタバレを含みますので未読の方はご注意を。


恐るべきこども「グラン・ブルー」までの物語
Enfant terrible:Autobiographie 

先月からWKW監督の映画が好き過ぎる… とさんざん言っておきながらすまぬだが、1980年代でマイベスト1映画は「Grand Bleu」グラン・ブルーである。当時は新ヌーヴェル・ヴァーグとして、リュック・ベッソン、ジャン=ジャック・ベネックス、レオス・カラックスの三監督をBBCと呼んだ。今年1月、ベネックス監督が亡くなり、4月にカラックス監督の新作「アネット」がかかり、8月に元ヌーヴェル・ヴァーグ旗手:ゴダール監督が亡くなり、9月にベッソン監督の自伝を読むとは、なんとも因縁ある2022年だ。

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さて、映画監督の記す自伝だからどんなものか、と読み進めると読みやすいわ、章ごとにオチもついてるわ、関西人としてはめちゃくちゃ面白い本なのだ。幼少期に両親に構ってもらえず、寂しさを動物と一緒に遊んで紛らわした話。犬とふれあうのはわかる、しかしタコと友だちになり、イルカと会話できるようになる、ってどうよ? また、母の再婚相手がもとF1テストレーサーで、車の運転を見よう見まねで体得した話。父がバカンス村マネージャーのせいで、夏は海辺で素潜りして魚をとって遊び、冬は初心者にコーチするほど上級スキーヤーになった話。どれも実話であり、だからリュック・ベッソン監督作はリアリティあふれているのか、と納得させられる。

その後、ハイティーンになってからは音楽、カメラ、と趣味も広がり、映画を作ると言って学校を飛び出してしまう無鉄砲さ。どうにか、映画撮影の現場に潜り込んだり、招待券もないのにカンヌ映画祭を盗み見たり、ヤンチャな反面、盟友のエリック・セラやジャン・レノとの出会いも克明に記されている。
苦労して映画を一本製作し、二本目は有名俳優の出演を口説いたり、高名な脚本家に裏切られたり、セレブが実名で登場するのもわくわくする。

ただ、グラン・ブルーで紅一点をつとめたロザンナ・アークエットの逸話だけは痛かった。1985年「マドンナのスーザンを探して」で注目を浴び、ハリウッドに息がつまりそうにしていた、とあるが、後述の「キャッチ・アンド・キル」でも彼女は登場し、まさにセクハラを受けていた時期と合致する。

フランスでも、ハリウッドやニューヨークでも、映画界の闇は深い。

ただただ美しい海の映像を描くために、様々な駆け引きがあったのを、初めて知った。
ところで、私がはじめて購入したビデオは「グラン・ブルー」なのだが、VHDだから(古っ!)自宅で好きな時間に見られないのがせつない。しかもパンフですら押入れからよう探さんかったし。イザベル・アジャーニ主演「サブウェイ」は見つかったのだが…

どこかミニシアターで、「グラン・ブルー」をかけてくれないかしらん。
★★★★ 4/5

キャッチ・アンド・キル
Catch and Kill

Lies,Spies,and Conspiracy to Protect Predators
”捕食者を守るための嘘、スパイ、陰謀”という副題がそら恐ろしい雰囲気だが、ホンマに恐ろしい映画界と報道界の実話だった。皆さんもご存じの #metoo  運動 の発端となったあの事件。原稿をまとめた著者:ローナン・ファローが告発者の体験談やリスクを冒してのインタビュー取材に奔走する一方で、キャリアへの報復、示談金、秘密保持契約書、グレーなスパイ集団、メディアへの圧力などあらゆる手立てで、不適切な事実を葬らせようとする映画プロデューサーのH.ワインスタンとその仲間。そして、彼だけでなく腐った男性たちが大勢社会にいるのだ。

「もしこれを報道しないなら、もしこの件を表に出さず彼のしたことを世間に晒さないとしたら、あなた方は歴史の間違った側に立っていると言えます。(中略) ほかの女性を救えたはずの情報をあなたたちが握り潰していたことを世間に知られる前にね」
顔は隠すけれどもインタビューに応じる、と決断した女性

本書の七割を読み終えた時点で、「捕らえて殺す」キャッチ・アンド・キルの意味が解る。なんともむごたらしい言葉だ。男性たちは誰一人も責任を取ろうとせず、「組織としての差しさわりの無い総合的な判断」で済ませようとするなんて。

この話は映画になったら当たること間違いない。明らかにされた女性たちの苦痛の裏のウラに、たくさんの女性たちの物語があるのだから。がしかし、一体だれが卑劣なワインスタイン役を演る? 本人はいまや塀の中である。

最後に、関美和さんの翻訳もうまい。男性器を場面ごとに訳し分けされており、恐れ入ったわ。 ★★★★ 4/5

#meetoo
#映画の裏側

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