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ひとりひとりのものがたり

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仕事での出会い、出会ってしまった人たちの物語の断片を書き綴ったもの。高齢者のナラティブ。
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2020年10月の記事一覧

迷惑をかけてほしかった娘さんの話

<2人のHさん> 数年前にHさんという80代の男性がデイケアに通われていて、私がリハビリの担当をしていた。 全く同じ名字のHさんも同じデイケアに通っていた。その方は私の担当ではなく、後輩の女の子が担当していた。 2人は家が隣同士で同じ曜日に通っていたが、全く違うタイプの人間だった。 同じ名字のHさんは油絵が趣味で、破天荒な芸術家タイプ。 人に合わせることはなく、行動も言動もマイペースだった。 デイケアの送迎で朝迎えに行くと、まだ肌着で過ごしていることがしょっちゅうで「行

あなたと行けなかった夜のドライブ

突然だが、私は夜のドライブが好きだ。 なるべく私は助手席に座っていたい。 疲れや眠気でぼんやりとしながら見る景色。 街のネオンが視界のはしから、にじみながらせまってくる。 道路照明灯や対向車線の車の光が横を走っていく。 昼とは違った静寂さ。 静かな車内。細かな車の振動。 都会の高速道路を走りたい。 ゆったりとまどろみながら、昼では話せないような親密な話をしたい。 心理的な距離を近づけていきたい。 あまり人には話したことがない趣味嗜好だ。 ここで話はさかの

彼女だけが見えていた風景

その瞳に何がうつっていたのか。 どんな景色が見えていたのか。 思い出しても、いまだに想像することができないものがある。 *** 昼下がりの午後 廊下にあたたかい陽ざしが差し込んでいた。 私はAさんと歩行練習をしていた。 Aさんは小柄で眼鏡をかけている。80代の女性だ。 転倒して骨折してしまい、手術をしたものの足の力が衰えてしまったので、施設の中は車椅子を使って移動している。 やさしい方であまり主張はしないが、読書をよくされていて、いろいろな事を教えて下さった。

【自己紹介】あたたかさに触れること

いつものデイケアで、行われるやりとり。 私は介護老人保健施設に勤めているしがない作業療法士だ。 長く勤めていると、当たり前だが担当している方が少しずつ老いていく。 と同時に私も老いていることに気づく。 「お互い年取りましたね」なんて、言ったりする。 そして、認知症が少しずつすすみ、私のことも少しずつ認識できなくなってくる。これは私自身がさみしさを感じることではあるが、変わらず同じ温度で接しながら、その人のもうあまり出てこない昔の諸々を含みつつ、一緒につつみこめたらい