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あなたと行けなかった夜のドライブ

突然だが、私は夜のドライブが好きだ。

なるべく私は助手席に座っていたい。

疲れや眠気でぼんやりとしながら見る景色。

街のネオンが視界のはしから、にじみながらせまってくる。

道路照明灯や対向車線の車の光が横を走っていく。

昼とは違った静寂さ。

静かな車内。細かな車の振動。

都会の高速道路を走りたい。

ゆったりとまどろみながら、昼では話せないような親密な話をしたい。

心理的な距離を近づけていきたい。



あまり人には話したことがない趣味嗜好だ。

ここで話はさかのぼって思い出話をしたい。

***

その日、私は担当している利用者さんの在宅訪問のため、相談員と車でご自宅へ同行していた。

在宅訪問は介護老人保健施設のリハビリ職の仕事の1つである。ご自宅へ帰れるようにご本人の住まいを見せて頂き、ご本人やご家族と話し合いながら、必要なサービスや住宅改修を検討する。

今回、同行した利用者さんは90代の女性で、農家のご出身。とても飾らない方だった。私だって表には出さないが1人の人間であるので、利用者さんの多少の好き嫌いはある。

その人のことが個人的には大好きだった。

裏表がなく、素朴な人柄。服装はいつも決まってもんぺをはいていた。理由は「これが一番楽だっぺ」との事。背中が丸くなってしまったので、歩く練習をしていると、だんだんもんぺが下がってきてしまうこともあったので、私が落ちないよう手をそえていた。

彼女の同級生に聞いたところ、若い頃の同窓会にももんぺとスニーカーで現れたとの話を聞いた。あまりの衝撃にそのエピソードをよく覚えていたらしく「そういう飾らなさが彼女のいいところなのよ」と同級生は続けながら笑った。

そしてとてもやさしい方だった。

他者を責めるような話は1回も聞かれなかった。同室の方が、盗癖があって彼女のお金が盗まれた時も「まあいろいろあるんでしょ」となんて事はないといった様子で、責める兆しも見られなかった。

会話は非常にユーモアがあって前向きだった。

若い私にも率直な意見をぶつけるし、下でも上でもなく対等な目線で、一緒に日々の体験を楽しんだり、おもしろがったり、悲しんだり、笑ったりしてくれた。1番仲の良い男性利用者さんのことを「わたしの彼氏」と紹介する顔は茶目っ気たっぷりだった。


そんな彼女の家に行って、施設へ帰宅する車内は、運転する相談員と後部座席の私と利用者さんの3人が乗車していた。

私は少し疲れていたし、少しがっかりしていたと思う。

なぜなら彼女のお嫁さんは、彼女が帰ってくることに、おそらくではあるが反対していたからだ。

最初は「自室のトイレへ行ければいい」と言っていた家族からの帰宅条件は、「大きな段差のある土間を乗り越えてご飯の用意をしないといけない」へいつのまにかすり替わってしまっていた。それは、背中が丸まってしまった彼女にとってはとても難しいことであった。

相談員と私は「これは受け入れられていない。おそらく帰れないだろう」と無言ではあるが、同じ事を感じていたと思う。

お嫁さんは看護師をしているため、きっとお嫁さんも仕事の大変さがあるということは私たちも承知はしていた。

けれども、住み慣れた家で過ごしたいのが施設の高齢者の希望であることは多く、夢が断たれた人たちは少しずつ生きる力を失っていくことが多い事も私たちは知っている。

私は今後のことを考え、少し不安な気持ちで窓の外を眺めていた。


すると、同じく窓の外を見ていた彼女が、私にポツリと話しはじめた。

「私はね、こういう風景がすごく好きなんだよ。」

私はぼんやりとしていたので反応が少し遅れた。そしてそのあと「どうしてですか?」と尋ねたんじゃないかと思う。

「畑の仕事ばっかりしてたでしょ。行ってみたかったところがあって。隅田川の屋形船」

「夜の川を船で下ってみたかった。1回でいいから行ってみたかった。」

「夜の明かりが好きなんだよ。とてもきれいでしょ。」

「今日はありがとう。この風景で私はたくさん。きれいだねえ。忘れないよ」

彼女の自宅は施設から離れていたため、帰宅時間は遅くなっていた。

彼女の自宅周辺は農家の家が多く、全体的に街の明かりは少ない。うちの施設に近づくにつれ、道路の上を高速道路が走っている通りに出る。

暗くなった空と対照的なその明かりは車内を照らしていた。

彼女は夫を自殺で亡くしている。(以前私にだけこっそり教えてくれた)

幼い子どもを育てるために、遊ぶことはほとんどなかったのだと思う。

今回の訪問で彼女も帰れないことは肌で感じていただろう。

明かりがあるといっても、施設の周りは、隅田川にはほど遠い田舎っぷりである。

それで良いと笑顔で言っている彼女を見て、なぜか私が泣きそうになった。

***

私はいまだに妄想してしまう。

日が落ちてきた頃に、彼女を連れて2人で高速道路を走る。

東京湾をわたって、サービスエリアで彼女の好きだったのどぐろ飴を買って、2人でほうばる。

首都高速を走って、隅田川にたどりつき、屋形船に乗りながら、都会の明かりをみつめる。

そして告白する。

「私もきれいだと思います」と。



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