火種の消える音がした
僕はモチベーション高く仕事をしていたように思う。与えられた販売計画を達成するために足繁く見込み顧客を訪問し、期待される仕事をほんのちょっと上回るように仕事をしていた。
結果がついて来ない時も腐らず、種を蒔いた後の手入れを行い続けること数年、努力が身になった。
結果がついてくるようになると人の目は変わるもので、仕事がどんどん舞い込んでくるようになった。
正しく飛ぶ鳥を落とす勢い。向かうところ敵はなし。連戦連勝。
富めるものは富み、飢えるものはますます飢える。資本主義の縮図に触れたような気がした。
仕事が増えるにつれて定時に帰れないようになった。残業がかさみ人事部に目をつけられた僕はどうやら自分を離さねばならなくなったようだった。
自分で育てた仕事に愛着があって手放したくはない。これは我が子同然なんだ!というのは嘘で、早く帰れるなら早く帰れるように越したことはない。
喜んで後輩に仕事を譲ることした。譲ったのは一番手間のかかるお客さまにした。
これで仕事が減った分早く帰れるようになる!というのは儚い空想で、現実は「空いた」時間に新しい仕事が舞い込んできた。
どうやら手が空いたように見えたらしい。日本人は手が空いている状況をとにかく悪と捉えるのだと学んだ。
「上司の上司に報告する資料作成を手伝って欲しい。」「利益計算式が変わったから影響を調べて欲しい」
仕事をとってくるはずの営業から内部の書類管理が主な仕事になった。仕事の忙しさは2倍になった。
日々の仕事を意義を問い直す時間もないくらい忙しない日々の中で、ふと我に帰る空白の時間ができた。
「この仕事に意味はあるのだろうか」
この問いに答えたくない自分がいる。
仮に僕が明日からいなくなったとしても社会だけでなく会社も部署も何事もなかったように回り続けるに違いない。
仕事の意義を悟られないように、仕事をしているように見せかけるのが仕事。
僕の仕事は雇用を守るために作られた意味の無い仕事。
気づいた時、やる気の火種が消える音がした。
僕は明日から何をすればいいのか。
考える暇もなく、勇気もなく、ただひたすら書類を作る。
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