兄に15年遅れた青春がやってきた。
「デートの誘い方を教えてくれ。」
突然兄から来たラインに思わず驚いた。僕が驚いたのは理由がある。
まず簡単に兄の紹介をしよう。兄は僕の2つ上で東京で公務員やっており、僕とは違って極めて堅物だ。冗談なんか聞いたことがないし、よく言えば寡黙、悪く言えば陰気な奴である。
体育会の僕と対照的に運動は苦手でパソコンいじりが得意。イラストレーターを使ってサークルのポスターとかばかり作っていた。
部屋にはフィギュアが大量にあり、僕が「彼女でも作ったら?」というと「そんな話聞きたくもない」と言わんばかりに激昂して手がつけられなる。
プライドが高いのか、年下の僕に何か教えを乞うなんてことは決してなかった。
そんな兄から「デートの誘い方を教えてくれ」というLINEには確かな意思がこもっていた。プライドを保つことよりも優先したいことがある、いう意思表示だ。
文章では意思が伝わらないとはよく言われるが、本気の文章は意思を持つ、ということを改めて思い知らされた。
*
堅物な兄をからかう絶好の機会だが、本気を見せた相手に真面目に返さないとは男が廃ると言うもの。黙ってアドバイスすることにした。
以下、貴重な兄弟間のLINEの一部始終である。
僕「どこで出会ったん?」
兄「職場の先輩からの紹介。」
僕「共通の趣味とかあった?」
兄「ない」
僕「行きたい場所とかない?」
兄「あるけど1人で行きたい」
僕「彼女はなにが好きなん?」
兄「剣道」
聞いてみたものの兄からはデートに誘うと言う気概が見受けられない。出会い系アプリで出会った女声だったら即連絡を経っていると思う。切れない理由は兄弟のよしみだけだ。
大方別れ際にLINEを聞いただけで浮かれて帰ってきてしまい途方に暮れているって感じだろう。
面倒になってきてしばらく放置しているとそれを察したのか兄からこんな返信が来た。
兄「会って話したいのは本当。ただ誘い方がわからなくて困っている。」
飾り気のないシンプルな文面なので、人によっては無機質に感じられるかもしれないが、兄らしくもあり、兄にしては人間味のある文面になんだが脱力してしまった。
僕「もっと話したいから会いたいってシンプルに伝えるのが1番兄っぽくていいと思うよ。」
兄「わかった。ありがとう。」
*
聞きたいことを聞けたのか、ここから既読が付くことはなかった。実に兄らしい。
僕が女性へのデートの誘い文句に悩んだのはたぶん高校生の頃だろう。今ではデートに誘うのは特別なことでもなんでもなくなってしまったが、兄にとっては初めてのことばかりで苦悩に満ちた道なんだろう。
肉体関係のない異性関係で悩むなんて、まさに青春って感じだ。あの時の甘酸っぱさをこの年齢になって味わえるなんて羨ましい。
からかうことは簡単だけど、今は僕より2年早く生まれて、15年遅れてやってきた兄の青春を素直に応援したいと思う。
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