042 あまりにタイムリーな音楽の捧げもの

「前に一度、来たことがあるんですが」と訪ねてきてくださった人のことを思い出せないのはしょっちゅうあるので、動揺することは少なくなりました。会話を交わしているうちに思いだせればよし。思いだせなかったら、それほど親しい会話を交わさなかった、ということにして諦めることにしています。おそろしく身勝手な理屈ですが。

諦めると言ったら、「open mic」というイベント。楽器を持ち寄って、それぞれが1,2曲演奏し合う。アメリカでは結構流行っているとか。友人がやりたいと始めたイベントですが、それほど参加者が増えずに、活動休止状態になっています。

でも、そのイベントのおかげで、ボクはスラック・ギターという演奏方法を知りました。スラッキー・ギター(スラック・キー・ギター)とは、昔ハワイで生まれた、演奏する曲によって、あるいは歌い手の声の高さによって、ギターなら6弦のチューニング(調弦)を自由に変える奏法です。

この「open mic」には、素人だけでなく、オリジナル曲を持ったセミプロも参加してくれ、毎月一度、美しい時間が流れていたものです。

さて、2度目に訪ねてきてくれたカップルは、近くに引っ越してきたというではありませんか。そうか、あの時の3人組だ。ボクの頭の中で、ピンボールがバチバチと衝突し、撥ね続けました。

「確か、音楽をやっているとか…」

「ええ、そうです。実はライブハウスと違って、素人が演奏する、セッションバーみたいな店をやっています」

「open mic?」

「そうです、それです」

バチバチバチ。。。

そうそう、このあたりに引っ越したくて探していて、遂に引っ越し先が決まり契約を交わした日の夜、友人を交え3人で訪ねてきてくれたのでした。今回は引っ越し後、初めての来店ということになります。嬉しいですねぇ。

「あれは、いつのことでしたっけ?」

「5月の終わりでした」

4ヵ月前のことを覚えていられないなんて。。。ちょっとショックですが、こうして訪ねてきてくれたから、よしとしましょう。

二人は客と店員の関係で、しかも、彼女はセッションバーとは知らずに店に飲みに行ったのだそうです。

「私を連れて行ってくれた知人も、そういう店だとは知らなったんですよ。普通に飲みに行ったつもりだったんですが、私のほうがハマってしまって」

「新しいお店とボーイフレンドの2つを同時にゲットしたってわけですか。奇跡みたいな話ですね」

「考えてみれば、そうですね」と二人は笑いました。

「こんな状況だから、セッションバーっていうと、もっと大変ですか?」と訊くと、そうでもないそうです。

「自己表現欲求っていうか、パフォーマンスしたいって思いが強いのか、半分くらいのお客さんが変わらず来てくれています」

音楽の力ですね。「音楽の捧げもの」は、バッハが作曲した、1つの主題に基づく16の作品からなる曲集で、フーガ2曲と4楽章からなるトリオソナタ、10曲のカノンからなります。本来は王か貴族だったかに主題を与えられ、それをもとにバッハが捧げた曲集だったはず。宮廷音楽の時代の話ですね。

今や音楽はプロのものだけではなく、素人が集まって演奏し、それを来店客にも聴いてもらう。時には、たまたま集まった客同士がグループをつくってセッションすることもあるそうです。

素晴らしい場所だと思いませんか。

「自粛期間中、店を閉めていたので、一人で店にあるすべての楽器を演奏して、一人セッションしていました」

「youtubeにあがっているんですよ」と、すかさずフォローしたのは彼女のほう。ここにもセッションが生まれています。

それこそ、現代の「音楽の捧げもの」みたい。

芸大生による投げ銭ライブができなくなったことは既に書きました。そういえば、落語会も、映画上映会も、このopen micも、できていないものはたくさんあります。

でも、できないことを数えていてもしようがありませんね。

この国の自殺者の多さは、昔から異常としかいいようがありませんが、今年の夏は特に十代、二十代の女性の増加が顕著だったそうです。このままいくと、2020年の超過死亡者数のほとんどが自殺原因になってしまわないか心配です。いい加減、もうコロナ収束したかも宣言してもいいのでは、とボクは秘かに思っています。

九条Tokyoは、もうすっかり通常に戻っています。そこで、居場所づくりのための新たな取り組みとして、1700超ある自治体と繋いで、バル&バザーを週末やっていこうと思っています。週末のどこかで1時間ほど現地とリモートで繋いで、観光情報や食材の美味しい食べ方などを教えてもらったりしながら。

共催相手となってくださる方は、自治体そのものでなくてもかまいません。いえ、むしろ日本ワインのワイナリーや日本酒の蔵元、農家、地域おこし協力隊員個人、勝手に地元応援団などのほうが楽しそう。

10月後半からスタート予定で、すでにいくつか手をあげてくださっています。九州、北海道、関東などなど。

友人が久しぶりに遊びに来てくれたので、その話をしました。

「1700以上も自治体があるから、毎週末やっても、1年は50週ちょっとだから、34年かかる計算になる。そんなに生きていないから、ボクよりずっと若いパートナも探さなきゃ」

翌朝6時過ぎに、これから急速な人口減少で自治体の数は減少しますから、と慰めるようなDMが。こんな時間にどんな内容のメールを送ってくるんだか。。。ちょっと嬉しかったですが。

仮に限界自治体が消滅して半減したとしても、17年。ボケないで生きていられるか。。。いや、あまり先を見てもいけないですね。今、今日、やれることを始めましょう。日本のあちこちで。

音楽の捧げものを一人でやってアップした彼の曲は、スティーヴィー・ワンダーの「is'nt she lovely」。生まれてきた愛娘アイシャと妻に捧げられた歌です。

歌詞の中に

Life and love are the same (中略)
That’s so very lovely made from love

という一節があります。

えっ? どういう意味かって?

それは、明日10月3日(土)14時からのイベントで。是非、この曲を聴きながらトークをしませんか。

14:00~ 【翻訳をめぐる冒険】歌詞や映画、小説の翻訳や邦題との違いについて語る会です。記念すべき1回目ですよ。ボクは映画の原題と邦題の違いについて考えたいと思っています。

15:00~ 【短歌好きあつまれ】短歌をつくるのではなく、好きな歌人の歌を紹介しあう会です。ボクは風についての歌を紹介します。

16:00~ 【京都の漆の里と繋いで】こちらも新企画。金継ぎ、蒔絵体験をするオンラインツアーになる予定です。

どういうわけか、明日はイベント3連チャンになってしまいました。

空気を読めって? いや、今日を楽しもうぜ。明日の勇気のために。今日は必ず終わります。自ら今日を終えるなんて必要はないんだから。ほら、布団に入って、目をつむれば、明日が近づいてきてるよ。

ふうらりと焼きたてパンの列につく明日という日もあるものとして(佐藤弓生)





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?