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夢の中で#4 (小説)

 熱気で視界が曇って見える。眼鏡がないというのに視界は曇るのか。目を擦っていると俄かに思いついたよい閃きが針で刺すように鋭く混沌とした脳内を刺しすように感じられた。  
 牧備と会ってからおかしくなったのか。根拠はない。ただきっかけはあの日からだ。現存の科学では証明できない何かが起きている。そんな大芸を人間が身につけているわけが無いが的外れでも無理に射て少しでも楽になりたかった。ただ、それが事実だとしても解決する策は思いつかない。そもそも、宗教も魔法も積極的な理解は持っていないので打開策は必ず科学に裏打ちされてなければ納得出来ない。俺の脳みそは不思議が大嫌いである。どうすればいいのか、分からないせいで先に思いついた閃きもすぐに胡散霧散していった。
 焦燥よりも恐怖が打ち勝ったためか何処か厭世的で捨て身な姿勢になっていた。呼吸の荒れが少し落ち着いて視界も右端に何故かゴミのようなものがついてが見えるばかりでいまはその程度は気にならない。とにかくこの病院から出なければならない。あたりは電気がついていないので真っ暗だが気をつけて進めば大丈夫そうである。昔楽しんだゲームの病院の構造と似ているので自然と迷わず足を運ぶ事が出来た。顔や尻ばかりに冷たい汗をかき気分が悪くなる。
 ちょうどエレベーターが開けっぱなしで止まっていたので使おうと考えたが開けっぱなしというのが怖くなって階段を探して降りることにした。踊り場にある大きな鏡を通りかかると同時にさっきまでは学校であったということを再確認したがいまはそれどころではない。いちいち驚かなくてもいいようこれが夢であっても納得する所存が心にあったからだろうか。
 病院を出ると目の前に中学校の校門が立っていた。後ろを振り返って校舎を見ると確かに中学校である。しかし、俺が在校していたときの時代ではなさそうだ。俺の時は校舎に大きく吹奏楽部の弾幕が掲げてあった。つまりは同じ時間軸で、場所だけ移動したのか。そんなもの納得できるわけがない。俺が大阪にいる証明にはならないからだ。ただ激しい感情の抑揚で自己が潰れそうになったのでとにかく落ち着こうとした。冷静な判断だ。自分でも驚くぐらいに冷静だ。今日の体験を誰に話そうかとだけを考えながら校内を塀をよじ登って脱出しすぐ前の歩道橋で通り過ぎる車を見下ろした。
 懐かしいな。昔と何一つ変わっていない。とにかく東京に戻らなくては。所持金は持っていないし服装は学ランだ。今気がついたが身長が当時のままになっている。あれから大して伸びなかったために歩道橋の壁と比べて視線の低さに違和感を感じにくかった。
 歩道橋を4人の家族らしき構成で渡るものを見かけた。ちょうど俺を横切ろうとしていたので質問をしてみることにした。変人だと思われることは承知の上である。ただ、どうせ今後縁もゆかりもない人に恥をかいてもさほど痛くないと踏み切り声をかけた。
「すみません、今何時ですか?」人見知りの俺にしてはよくやっている。母親らしき人が腕時計を一瞥して「いまは4時ですね」と答えた。


 4時?そんなはずがない。おかしいと思って「朝のですか?夕方のですか?」と問うてみるとおかしな奴に絡まれたという表情を露骨に浮かべた父親の横で母親が「夕方のですよ」と答えてくれた。そんなはずはない。外は明らかに真っ暗である。俺の見立てでは9時は回っているはずだった。しかし、4時だというこの人はまた何か仕掛けがあるのか。子供2人が緊張している様相でその場を去りたがる雰囲気のあった家族一同に迷惑だと知りながら一つ質問を続けた。
「ここは大阪ですよね?」すると、まさかの母親は「いや、ここは東京ですよ。何かあったのですか?」と答えるではないか。これ以上変人に思われるのは心が痛い。「いえ、何も。ありがとうございました」そう答えて歩道橋を後にした。訝しげなあの表情は一生記憶から消えることはないであろう。
 とにかく、未だこの体験に理解が追いつかないがいくあてが実家以外に思いつかなかったので孤独に怯えながらも一縷の希望を実家に残していた。なんとなくで動く歩行運動に思考の整理が追いつかない。こんなにも先が不安になったあことは今までにあったであろうか。俺は一体いまどこにいるのだ。このまま平穏な生活に戻れずにずっと混乱の中で過ごすのか。精神がまともじゃない。途中に道沿いで嘔吐をした。精神病とはこうして体に現れることをふつふつと覚えた。醜い吐瀉物が道路脇の溝で落ちているのをしばらく眺めていた。全身から汗やら涙やらで見るのも汚れる醜い様相を呈しているだろう。ふと起き上がりたまに走ったりしてもすぐに疲れてやはり歩く。いつになったら家に着くのか。

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