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【ややホラー】スイーツ男子

 俺の手首にはバームクーヘンが巻き付けられている。もちろん手首だけじゃない、首にも足首にも。当然のことだ。だってここは刑務所なんだから。
 不思議なのは他の連中がみんな鋼鉄製の手錠や足枷を付けてるってことだ。どうして俺だけバームクーヘンなんだか。
 まあでも、そんなことはどうでもいい。よく他の囚人たちから「さっさと平らげて逃げりゃいいじゃねぇか」と言われるのだけれど、俺は刑務所で刑に服すのが筋だと思うから、手錠だろうがしっとり感のあるバームクーヘンだろうが大した違いはない。ちゃんと刑期をまっとうしてキレイな体になって、彼女の下へ帰らなくちゃならない。俺の愛する恋人の下へ。

***

 ある日、彼女から手紙が届いた。手紙の文言はつまるところ「元気で暮らしている」という報告だったのだが、俺はその手紙が焼いたパイ生地で出来ているのにすぐに気がついた。読み進めるそばからパラパラと崩れていくのだ。
 俺は激怒した。間違いなく彼女は、俺のせいで謂れのない差別を受けている。でなければこんなに脆い手紙などあるものか。
 すぐさま俺は首という首に巻き付いたバームクーヘンを完食した。そして牢屋を格子状に塞いでいるプリッツに齧りついて抜け出す。途中で板チョコの扉を叩き割り、看守の持つうまい棒をへし折りながら強行突破していく。最後には後ろから拳銃でアーモンドチョコを何粒も発射されたが、ことごとく俺のカロリーに変えてやった。

 やがて俺は彼女の住む家までたどり着いた。だがすぐにはノックせず、向こう三軒両隣、後ろ三軒、周囲を十六軒、ついでに半径三百メートルのコーポ、アパート、マンション、ヴィラ、一軒残らず、一世帯も残さず押し入って、中に転がってたジャムパンどもを切り刻んでやった。彼女に危害を加えたやつも、加えるのをただ見ていたやつも、見ようともしなかった奴も、気付きもしなかったやつも、みんなみんな同罪だし、所詮どいつもジャムパンだ。ザクリと切り込みを入れれば、中からドロリとジャムが出る。それだけだ。
 一晩の内にやるべきことをやり終えた俺は、シャワーを浴びて着替えてから、彼女の家の玄関をノックした。静かな朝だった。小鳥のさえずりが聞こえている。しばらくして彼女がドアを開けてくれた。まばゆい日差しが美しい彼女の頬に差し込んで、水面のように輝いた。
 彼女が言う。

「なにやってんの?」
「大切な人を助けに来たんだ」
「馬鹿じゃないの」

 そういう彼女の目からは、滝のように涙が流れ落ちている。
 俺は慰めてやりたかった。

「もうそんなに泣く必要はないからな」
「は? 泣いてないし」

 声は確かに泣いてない。でも、涙の流れはますます勢いを増している。もうすでに膝の高さまで冠水だ。

「入れば」
「ああ」

 部屋の中はずっと静かなまま。彼女も俺も、何も喋らない。ただ、彼女が流していないと言い張っている涙だけが、とめどなく流れ続けている。どうやらこれは俺のせいらしい。
 あっという間に彼女の鼻のあたりまで水位が上がる。どうせなら俺も一緒にこのまま涙で溺れ死んでしまおうかと思ったのだけど、そんなのはあまりにも自分勝手だから、俺は黙って部屋を出た。ドアを開けたら、ザァーっと外に流れ出て、あっという間に水位は下がったのだった。

***

 俺はまた刑務所で、首という首に糖衣でコーティングしたバームクーヘンを巻かれている。
 警察に出頭した後、あまりに残虐だということで異例のスピードで裁判が行われ、逮捕から三日と経ずに死刑を宣告された。執行は明日らしい。
 でもなんとも思わなかった。手枷足枷はバームクーヘンだし、格子はプリッツだ。どうせ絞首刑に使うロープはグミかチュロスかプレッツェルか、そんなところだろう。

 すると一人のおかきが、看守の服を着て俺の房にやってきた。おかきの顔の凹凸がやけにニヤニヤして見えたから何事かと訊ねたら、しけった声でこう言った。

「お前の女、昨日自殺したぞ」

 少しの間、何を言われたのか理解ができなかった。少しずつ理解がすすむにつれ、体がガタガタと震え始める。

「嘘だ!」
「お前のせいで死んだんだ」
「嘘を付くな!」
「なら脱獄でもしてみるんだな」

 もう気が気じゃなくなって、俺は怒りにまかせてバームクーヘンを、


 !?


 腕に巻き付いていたバームクーヘンは、みるみる毒蛇に変わっていって、噛みつこうとした俺に噛み付いた。

 すぐに毒がまわって全身が痙攣を始める。意識がどんどん遠のいていく。薄れゆく意識の中で俺は思った。


「おかしなやつらには、罪悪感なんて感じなかったのに」


(了)


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