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僕とカノジョと条例と

 僕とカノジョは、まだ大人ではないというだけで制限をされていた。
 なんでかって、条例でそう決められているらしい。

 会える時間はたったの一時間。一応、学校が休みの日だけは追加で三十分だけ一緒にいられる。

 恋愛に大事なのは、一緒にいる時間の長さじゃなく濃密さだって訳知り顔の友人が言っていた。けど青春が制服を着て歩いているような高校生にとって、オトナが勝手に決めたこんな制限は、拷問以外のなにものでもないと僕は思う。

「今日はどこ行こっか?」栗色の長い髪をサラサラと揺らしながら、詩織が微笑んだ。

 カノジョがそんな風に笑うと、いつだって僕の体温は首から上に集まってしまう。脈絡もなく思い切り抱きしめたくなって、でもそんなことできなくて。僕の心臓は青い酢橘(スダチ)になって潰れて、清涼な酸が身体中を焼いて回っている。

 誤魔化すように「そうだなぁ」と独り言ちて、浮かんだ行き先の吟味をはじめた。

 公園
 ショッピング
 遊園地

 慎重に決めたい。なにせ詩織の誕生日だ。
 出会って間もない頃はぎこちない笑顔が多かったカノジョも、今では自然に笑ってくれる。一時間ずつ距離を縮めてようやくここまできた。今日こそ次のステップに進みたいんだ。

 僕は公園を選ぶことにした。
 詩織は騒がしいところはあまり好きじゃないらしい。前に一度、遊園地へ行って失敗したことがあった。
 だから、告白するなら静かなところだ。


 夕焼けの予感が立ちこめる昼下がり、海の見える公園のベンチに僕たちは並んで座った。

「いつ来ても風が気持ちいいね」

 目を細めながら水平線を眺めるカノジョの横顔に見とれてしまいそうなるのをグッと堪えて、僕はプレゼントを取り出した。見とれている間にだって残り時間は減っていってしまうのだ。

 僕は詩織に、アツアツの釜玉うどんを渡した。

「これ、私に……?」
「ほら、誕生日だろ」
「覚えててくれたんだ……。嬉しい」

 良かった。
 半べそになりながらも、嬉しそうにうどんを啜ってくれている。

 時間が過ぎるのはあっという間だ。
 その後、いくつも会話を重ねた。いつもだったらどちらからともなくそろそろ帰ろうかという流れになる頃だ。
 しかし、カノジョは何か言いたげな表情で、僕の方を見つめている。

 橙色の夕日が、カノジョの艷やかな頬を染め上げ、潤んだ瞳をいっそう輝かせていた。

 ここしかない。僕は思った。
 実を言うと、さっきの釜玉うどんは本当に渡したいプレゼントではない。僕たちが永遠の愛を誓い合う記念としては、釜玉うどんじゃありふれ過ぎている。
 僕はちゃんと忘れずにそれを用意してあることを確認した。
 だが、残り時間は十分を切っている。

 アイテムを渡して、告白して、それから僕たちは場所を移して……。
 ゲームの中とはいえたった十分で間に合うものだろうか?

 求め合いたい。受け入れ合いたい。
 ゲームの中であったとしても、それができるのが大人のはずだ。
 大人になりたい、真似事でいいから。

 アイテムボックスの中から、金のうどんネックレスを選択する。詩織に渡すかどうかの確認画面が表示された。『はい』か『いいえ』か。
 金のうどんネックレスはレアアイテムだ。ガチャで手に入れるのに、現実の金額で三万円を溶かした。

 大丈夫。絶対に詩織は僕を受け入れてくれる。
 確信はある。なぜなら、これは課金アイテムだし、wikiにも載ってた。

 でも問題は時間だ。
 仕様上、制限時間を超えると半ば強引に詩織は「帰ろっか?」とさみしげな笑顔を浮かべ、僕たちは帰宅することになる。

 残り時間がどんどん減っていく。また日を改めるべきだろうか。いいや、もう何度も同じ葛藤を繰り返してきた。カノジョの誕生日であるこの日を逃すわけにはいかない。
 でも、中途半端な所で時間が来てしまったら、次いつ金のうどんネックレスが手に入るか――

「ねえ、そろそろ……」

 詩織の悲しそうな声が聞こえた。まずい。このままでは――

 不意にスマホが鳴動した。
 画面に通知窓が降りてくると、それがこのゲームの運営会社からであることがわかった。同時に、僕の体が感激で震える。白枠の通知窓に、ある一文が踊っていたのだ。

『ゲーム依存症対策条例の廃止を受け、当社運営タイトルのプレイ時間制限を撤廃いたします』

 いそいでメールを開いて確認する。
 どうやら本当に忌まわしいゲーム禁止条例は廃止されたらしい。

「運命だ」

 僕は自室で呟き、導かれるようにカーソルを操作をした。

『金のうどんネックレスを渡しますか?』
『はい』

 カノジョは驚いた顔をしている。

「これって……」
「詩織。僕と一緒に、うどんを打ってくれ。死が二人を分かつまで」

 ボロボロと大粒の涙が、澄んだ瞳から次々と溢れ出していく。茜色の背景の中キラキラと黄金色に輝いて、まるで天かすみたいだ。

「……はい」

 人差し指で天かすを拭い、微笑みながら詩織が言った。

 画面が唇に近づいていく。カノジョが目が閉じて、画面も真っ暗になる。
 ほどなく画面が切り替わると、太陽みたいな笑顔がそこにあった。

「もっと、一緒にいたいな……」

 はにかみながらカノジョが呟くと、画面に選択肢が現れる。

 自宅へ
 ホテルへ
 このまま

 僕の胸が早鐘を打ち出す。
 こまかく震える指で、『自宅』を選択した。

 画面が暗くなる。Now Loading の表示がもどかしい。


 読み込みが終わり、ついに画面が切り替わった。

『当コンテンツは青少年保護育成条例に則り、18歳以下のユーザー様のご利用に際し一部シナリオに制限を設けてさせて頂いております』


 両の拳を何度も床に叩きつけながら叫んだ。
 早く大人になりたいと。


(了)


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経緯と謝辞

 この作品は、はつみさんの「プロット渡すんで書いてみません?」という一言を受けて、書かせていただきました。


 はつみさんは、以前に3ヶ月間毎日ショートショートを投稿していた猛者で、今では哲学系のコラムなども同時に展開しておられる方です。
 そのショートショートはブラックなものやメタなものなどなど(それだけじゃないけど)、「これを毎日書いてたのか……?」とガクブル必死のアイデアに溢れています。

(上記、一例です。)

 僕のような凡下がプロット拝借して書くのもちょっと憚りはしたんですが、ご本人が言い出したことですし、せっかくなので立候補してみた次第です。
 なんらか、はつみさんの利益になれてたらよいのですが……。


 ちなみにもう一人、僕と時を同じくして立候補した方がいます。

坂るいすさんです。


 はつみさんから僕と全く同じプロットをもらっているらしいので、どんな仕上がりになるか今から楽しみです。(※るいすさんは、ご自身が書き上げるまで僕の書いたのは見ないようですので、何か重複があったとしても偶然です。てか、そもそも同じプロットだし)


 そんなるいすさんのnoteは素敵な話もおかしな話も目白押し。

 その上、ファンキーコミカルな子育てエッセイやら、母乳が出ない母親の苦闘をこれまたコミカルに書いた話なんかも。


 僕は11月にnote登録して、12月ぐらいから本格的に投稿するようになったわけですが、記念すべき初コラボレーション作品となりました。
(コラボレーションっていうのかな、これ?)

 というか、人様のプロットを使って書くなんてそもそも人生で初めてか。いつもより流れを明確化させるためのメモ書きが増えたのが自分としては発見でしたね。
 まあ、形に出来たのは元のアイデアが良かったから、なんですが。
 なんであれ、楽しかったです。

 この場を借りて、はつみさんと、一緒に立候補してくれたるいすさんにお礼を申し上げます。

 ありがとうございました。


【追記(4/12)】

 坂るいすさんの作品も到着しました!
↓からどうぞ!(TOP画像がかわいい……)


 ホント、個性って出ますね(笑)


【追記2(4/14)】

 はつみさん自身も、同じプロットで作品を書かれましたよ。

 その後、ありがたい総括がありました。こちらも併せてどうぞー。


 楽しかったーーー!
 ありがとうございました!



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